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その落書きに気付いたのは、偶然だった。
地理歴史教室の窓側一番後ろの、太陽の光がよくあたる指定席。つまらない授業に飽きて、四階窓から見える景色をぼんやりと眺めていた私は、教師の「ここはテストに出すからよく覚えておくように」という台詞に卑しくも反応して止まっていたノートの板書をしようと前を向く。今の時代に珍しく鉛筆を使っている私は、先が丸くなってきている芯を鉛筆削りで削る。筆圧が強いためシャーペンだと芯がバキバキと折れてしまう私にとって、鉛筆のほうが書きやすく便利だった。その筆圧のせいで黒ずんでいるノートは友達に揶揄われることもあるが、癖なのだから仕方ないだろうと開き直っている。鉛筆削りを終え、板書をしようとノートに目を下した時、ふと机の端の落書きが目に入った。私の女子高生らしい丸い文字とは違い、書道を習っているかのような達筆で整った綺麗な字で『日本史の授業めんどい』と書かれた内容は、字の達筆さと相まって可笑しなギャップを生んでいた。ひたすらに年号と出来事を羅列していく授業に飽きていた私は、この字の持ち主に共感する。板書をしようとしていた手を止め、その落書きの隣に「私も」と一言添える。教師が「黒板消すぞ」と言い出したので、私は深く考えもせず急いでノートに文字を書き始めた。
「……あ!!」
私のポロリと漏れてしまった声に、前の席の男子生徒が怪訝な顔で私に振り向く。私はなんでもないとぶんぶんと手を振りながら席につく。私の落書きに、返事がきていたのだ。これまた綺麗な字で『暗記ばっかでつまんないんだよ。もっと逸話とか教えてくれたらいいのに』と授業の愚痴が書かれていた。横には棒らしきなにかをもった頭に毛が一本生えた謎の人物が添えられていた。字の綺麗さとは裏腹に芸術センスがないようだ。思わずふふっと私は笑うと、鉛筆を走らせる。
「わかる。もっと偉人の凄いところとか聞きたいよね」
少し考えて私は文字の横に猫の絵を描いた。頭に兜を被せて戦国武将っぽくしたその猫は、なかなかの出来だと自画自賛する。ニマニマと笑っているとチャイムの音が鳴り響いた。
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