2人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれ……あっ!?」
授業中にもかかわらず私は大声をあげてしまい、周りの生徒の視線が集中する。恥ずかしさのあまり顔を伏せると教師が「どうしたんですか?柿谷さん」と優しく尋ねてきた。
昨日、地理歴史教室に進路希望調査票を忘れてしまっていた。今日は進路希望調査票の提出日だ。まだ白紙のままだが、適当に書いて埋めなければ呼び出しをくらってしまう。今日は水曜日、そして六時間目だ。それを認識したとき、私の中に一つの考えが思い浮かぶ。私は咄嗟に「た、体調が悪くて…‥」と嘘をついてしまった。教師は素直に私の嘘を信じて「大丈夫ですか?保健室に行きますか?」と心配そうに声を掛けてくる。私は「は、はいそうします……」といそいそと教室を退室した。
急いで教室を出ると、私は地理歴史教室に足を向ける。そして気付けば私の足は駆け出すように早くなっていた。廊下の窓から、夕日が射しこんでいた。地理歴史教室に、彼がいるはずだった。一目、彼を見たかった。胸に希望を高まらせながら、私は走り出していた。
「す、すいません……」
地理歴史教室の扉を開けると、教室にいた生徒たちの視線が一気に集中する。さっきは恥ずかしくて顔を伏せてしまったが、今回は顔をしっかり上げ、教師に声を掛ける。教師は板書をしていた手を止め、私に振り返った。
「え~と……どうしたんですか?」
「すいません、昨日教室に忘れ物をしてしまって。窓側の一番後ろの席なんですが」
私は教室に入り、私の席に視線を向けた。そこに、彼が座っているはずだった。けれどそこには―――――――誰もいなかった。
「え……?」
零れた声に教師は反応せず、空席になっている私の前の席の女子生徒に「忘れ物とってあげて」と指示していた。女子生徒が一枚の紙をもって私に近づいてくる。
「これでいいかな?随分なもの忘れてるね」
揶揄う様に笑う女子生徒の声が、一切頭に入らなかった。私は震えながら紙を受け取ると、女子生徒に「私の席って誰もいないの?」と掠れる声で尋ねる。もしかしたら今日はたまたま休みなのかもしれない。もしかしたら最近席替えをしたのかもれない……しかし、女子生徒は私の微かな希望を打ち砕くように「あそこずっと誰も座ってないよ。私の席もずっとあそこだし」と言った。目の前が、真っ黒になる感覚というのはこういうことなのだと初めて知った。
最初のコメントを投稿しよう!