第1章

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 それに、と続ける啓太の冷やしピリカの器へ、私は思わず酢をまわしかけた。 「おま、なにすんの」 「お酢は身体にいいわよ」 「ぼくは入れない派だ。はああ、まあいいや」  いいつつ啓太は私の目の前の席に座った。「留奈、ラー油と一味も取って」と手をのばしてくる。どうやらここでランチにするつもりらしく。  ちょっと待って? 本気で?  私は思わず冷やしピリカの最後の一本を味わうこともなくすすり込んだ。  そりゃずっと会いたかったけど。こんなに近くで、しかも一緒にランチできるなんて、自分から声をかけても誘えたかどうか。  そうだ。これはチャンス。  啓太と素敵なおしゃべりをしなくちゃ。このままだと冷やしピリカの話で終わっちゃう。啓太と話したいことはたっぷりあって。  えっとえっと、と私が焦っていると、啓太が、ふふっ、と笑った。 「いやさすがにここでお前に会うとかさ。ないでしょ」 「どういう意味よ」 「だって冷やしピリカ、今日のこの学食がシーズンラストっしょ。お前、どんだけプロの冷やしピリカラーなの」 「そういう啓太もでしょ」 「呼び捨てかよ。ぼくも呼び捨てにしたけど」  なおも、ふふっ、と笑いつつ啓太は冷やしピリカをすすった。ラー油で啓太の唇が濡れる。  不思議。ほかの男子ならただ脂ぎって汚らしく見えるのに。啓太の唇にラー油がつくと、そのふっくらとした唇がさらにツヤツヤとして見えて。柔らかそうでジューシーそうで。  ダメだダメだ、と拳をにぎる。  これじゃあ、ただの変態だ。正気をたもたなくちゃ。だけど。  伏せた啓太のまつ毛がゆっくりと揺れて、頬に汁が小さくはねて、それを指先でぬぐうしぐさ。そのどれをとっても──。  私はするりと啓太の横に席をうつる。ん? と顔を向けた啓太の唇を凝視する。  こらえきれずに啓太の頬に指をそえて、それからそのままその唇にしっかりと唇を重ねた。  ふわりとラー油のにおいが口に広がる。それがまたたまらなくて。唇の柔らかさも想像以上で。  啓太が私の肩を両手で触れた。そしてゆっくり、押し戻す。   「留奈―。お前ねー。なにすんのー」 「……啓太の唇があんまりおいしそうだったから」 「おっさんかよ」  啓太が苦笑する。 「そういうトコ変んないなー。あまり勢いで行動するんじゃありません。学食だって人が少ないからいいけどね。クラスの連中に見られていたら事件になっちゃうよ」
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