第1章

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「ああそうよね。啓太でよかったわ」  まったくもう、と肩をすくめる啓太に私は背を向けて、じゃあね、と立ちあがる。  配膳口までトレイをさげて角を曲がって──壁に両手を勢いよくつけた。  ──……あああ、もうっ。  信じられない。  なにをやってんの、私っ。  だってコレ、私のファーストキスよ?  それをこんな。  これから啓太にどんな顔をすればいいのよっ。  わああ、と自宅に逃げ帰り、私は膝小僧を抱いて座った。めずらしくメソメソと涙を流して、そこでようやく私は気づく。  さっき、啓太、なんていった? 「『そういうトコ変んないなー』?」  え? ひょっとして啓太って、北24条の地下鉄の駅のことを覚えてる? ほかに私と啓太の接点はないし。だとしたら本当に?  だってアレは高校一年の話だよ? 階段から落ちかけて、落ちるくらいならジャーンプって跳んだら、着地はできたけど背中の推定二十キロの教科書がぎゅうぎゅうに入っているカバンが私を押しつぶし。  恥ずかしさでうつむいていた私に「無茶しすぎ」って啓太が手を貸してくれて。  私がそれで啓太にひと目惚れするのはありでしょ。だけど啓太にとってはただのイタい女子高生で。しかもかれこれ四年近く前のこと。  それを? 啓太は今でも覚えているってこと?  くしゃりと眉が歪んで私は、はああ、と大きく息をはいた。  誰が変わらないって?   啓太でしょ。  四年前も今日も無茶した私に笑って手を差し出してくれて。  そんなことをされたら普通の女子なら惚れちゃうのよ。どうしてそれがわかんないのかなあ。惚れられてもいいって思っているのかなあ。  胸がひんやりと冷たくなる。  それって。あれだよね。すごく冷たい行為。だって相手のことなんてどうでもいいってことでしょ? ただ目の前のできごとを見逃せずに手を出すだけ。啓太にとってはそれだけで。  ──私なんか、啓太にとってどうでもよくて。  キスのことだって、きっともう忘れているくらいで。  ポタポタと床に涙がこぼれた。  困ったなあ。どうしようかな。  ボロボロ涙を流しながら笑みが浮かんだ。  それでも私、啓太が好きだもんなあ。  いっそ、と思う。  啓太が「キライだ」っていってくれたら。  それって、最高の愛情表現で。 「……私って、本当の本当にどうしようもない馬鹿なんじゃ?」  それでも──。
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