卵と殻とAIロボット

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 もう主の帰らない部屋の窓辺には、白いカーネーションが飾られていた。仕事のファイルが整理整頓された机。乱雑に置かれた本が、椅子の上で不安定に重なっていた。 「あら」  私が気付いた時には、本の山が崩れてしまっていた。私が本を持ち上げ片付けていると、古語辞典に何か挟まっていることに気付いた。 「これは、メモでしょうか?」  四つ折りにされた白い紙を広げると、手書きの図解に文字がびっしりと書かれていた。 「ブタ受精卵をゲノム編集、特殊細胞を注入し発達させる、産まれたブタを成体に成長させた後に臓器を取り出す、そこにハートシートを応用して人体臓器に適応させる……これは一体……」 「二十一世紀も始まって十数年のことだった。某米国の研究所では、人間とブタによるキメラ胚の作成に成功した。沢山の研究者が動物を使い、薬の開発に勤しみ始めた時代、人間はとうとう人間以外の臓器さえも我が物顔で蹂躙し始めたのだ」 「……どうしてここにあなたが……」  私の目の前にいる人物は、ゆっくりと古語辞典を開いて微笑まれた。 「この古語辞典は、私がリョウヘイの誕生日に贈った物だ。リョウヘイは綺麗好きで物を大事に扱う子だった。辞典は少しずつ改変されているから、と新品を与えようとすると凄く嫌がった。嗚呼。リョウヘイらしい。グレイ。ここを見なさい」  私は促されるまま、古語辞典の中を覗いた。     
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