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君がため 惜しかりざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな
「百人一首にも使われている有名な恋の歌だ。作者は藤原義孝。これは後朝の歌といって、逢瀬後の翌朝に、義孝が愛する女性に贈った歌だ」
私が声を出そうとした時、後ろから声が重なった。
「平安時代は通い婚が一般的。後朝の歌を贈ることも習わしの様なものだった。男が三日間、女の元に通えば晴れて婚姻成立。藤原義孝が、自身の心境の変化を詠んだものよ」
「アリマ様!」
「おはよう、アリマ。気分はどうだい?」
アリマ様は声を掛けられた瞬間的、鬼の様な形相で、私の隣におられる大男を睨まれた。
「……さいっあくに決まってるでしょう!」
そう言うと、アリマ様は大男に詰め寄り、その胸を叩き続けた。
「なん、で! どうして! なんで、なんで……くそ兄貴は……!」
「アリマ……」
「博士。どうして……私たちはたった一つの願いすら、叶えられないの?」
アリマ様の瞳には、大粒の水滴が溜め込まれていた。瞼を閉じた瞬間、それは溢れた。博士と呼ばれた大男は、優しくアリマ様を抱き締められた。
いつか見たその水は、あの時とはまた、別のものの様に見えた。
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