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向き直ったレーティスは驚いているオーギュストの頬に手を添えて伸び上がり、その勢いのままキスをする。触れるだけだが、心臓は僅かに騒がしくなった。
「今側にいるのは私なのに、貴方の中に違う人がいる。分かっています、こんな事を言ってもどうなるものでもないし、心が狭い事も。しかも……私達が殺してしまった人を、加害者の私がこんな風に言うのも間違っているのは分かっています。でも……複雑なんです」
誰かを好きになる事が、こんなに罪深いとは知らなかった。小さな事で不安になり、悩み、己の醜い一面を知らされる。自己嫌悪が強くなって、それを相手に言うと嫌われてしまうのではと思って、隠せば泥のように溜まっていく。
俯いて彼の顔を見られないままのレーティス。けれどその耳に届いたのは低い笑い声だった。
「え? あの、何故笑うのですか?」
「ん? いや、可愛いなと思ってしまって」
「え?」
思いもよらない言葉に目を丸くしてキョトッと見上げている。
オーギュストは尚も可笑しそうに、嬉しそうに笑っていた。
「もっ、そんなに笑わないでくださいよ! これでも真剣に悩んで!」
「分かっている、すまない。だが、嬉しくて可愛くてな」
「可愛くありませんよ、こんなの!」
こんなドロドロした感情が可愛いわけがない。
訴えるのに、オーギュストは笑みを変える事はない。
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