引越し蕎麦を渡すまで

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 はず、だけど。  でも、そういう商売をしてますーって言わないで、借りてる場合もあるんじゃないか?  見えないだけで、背中に刺青してる兄ちゃんとか。  本人は普通でも、バックに怖い人が付いてたりとか。  あぁあぁあぁ。  情報が何もないと、何故か悪い方へ想像が膨らむのって、どうしてなんだろう。  そんなことあるわけないと思ってても、世の中に絶対なんてことはない。  だから、事件が起きるとみんな「そんなことするような人に見えなかったんだけどね~」なんてインタビューで答える羽目になるんだ。    なんてことを悶々と考え続けていた所為で、気づくととっぷりと日は暮れていた。  俺は、恐る恐る隣の部屋のチャイムを鳴らす。 「…………」  返しはなかった。  よく見ると電気もついていない。なんの物音もしない。  これは留守だ。  居留守じゃなく、本物の留守だ。  ああ、良かった。  俺は、ついついほっと胸をなでおろした。  引越し蕎麦なんだから、そりゃ引っ越してきてすぐに渡すのがセオリーだろうけど、留守なんだったら仕方ない。  それに平日昼間は仕事だとか学校だとか、なにかしらの用事があるものだ。だから、今日渡せなくても不思議じゃない。俺が悪いんじゃない。  明日でも明後日でも、これからいつでも渡すチャンスはあるだろう。
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