25章 予測不能のシナリオ

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・ マンションに着いて恐る恐るドアノブに手を掛ける。 そうしたまま動きを止めて、ドアに耳を当てながら中の様子を伺った。 覗き穴を何度も確認する姿はもう怪しい変質者そのものだ。 その動きを繰り返し、中々ドアを開けるまでに至ることができない俺はかなりビビりまくっていることこの上ない。 それでも仕方なく、俺はふうーっと深く呼吸をして思いきってドアを開けた── 「──…っ…」 明かりが付いている室内。入った瞬間に違和感が俺を襲う。 やけにこざっぱりとした空間。 部屋に上がって見渡せば、パンパンに膨らんだ大きなバックに私物を詰め込む晶さんを見つけた。 「……っ…」 やっぱり…っ… 急な目眩に襲われて、なんとか持ちこたえる。まさにそんな感じだ。 楠木さんの言った“思い詰めた…”って言葉で何となく覚悟はしてたけど、実際に目の前にしたらそりゃあショックなんてもんじゃない── 「晶さん!…っ…お願いだからそれは勘弁してっ…」 どうみてもチャックが閉まりそうもない。そんなバックに尚も荷物を詰め込もうとする晶さんからそれを強引に取り上げた。 「──…っ…返してっ…」 「だめだって…っ…頼むからこれだけはやめてっ…」 肩で息を切らしながら睨みつけてくる晶さんに必死で懇願した。 ・ 「さっきのことなら謝るからっ…水掛けたことも謝るっ…だからここ出てくのだけはやめてっ…」 「……っ…」 「晶さんっ…頼むからっ…」 どんなに泣きそうな顔を見せても晶さんの表情は変わらない。 一歩も引く様子が窺えず、単純に恐いなんて思っていたことに強い後悔が沸いていた……。 「晶さん…ほんとにっ…さっきのことなら謝るから…」 「触らないでっ…」 「…っ……」 懇願する俺から晶さんは顔を背ける。そんな晶さんの肩に手を置こうとしたら、また冷たく手をはたかれた。 控え室での時とまったく同じだ── 晶さんは明らかに俺を拒絶している。 目の前の晶さんを見つめ、どうしたもんかと俺の口から大きなため息が漏れていた。 「ねえ…晶さん……」 「………」 「ほんとにごめん……」 「謝るならバック返してっ」 「それはムリ……」 目を合わせることのない晶さんは唇を噛んでは何かを堪える表情を覗かせる。 そして取り上げたバックに視線を落とすとチャックを開けたままのそこからは、無理に詰めた晶さんの歯ブラシが覗いていた。 前に晶さんと買ったアニマル柄の歯ブラシセット。 キリンの模様が入ったそれは、まるでペアの片割れと引き離されたことを悲しんでいるようだった。 ・ 俺を見ないように背を向けた晶さんの後ろ姿を見つめ、俺の唇が不意に歪む。 しくじった── 本気でそう思う。 胸に言い様のない不安が迫るのは、怒ってしまったのが俺ではなくて晶さんの方だから…… いつもなら俺が勝手に妬き持ちやいて、挑むように喧嘩ふっかけて── 毎回俺から折れて許してたから…… 仲直りも何も、はっきりいって俺の一人芝居のようなものだった。 だからこそ今回はどう振る舞っていいかがわからない。 “女が別れを口にした時は腹、括った時だって思った方がいいぞ” 何かを思い詰めてしまった晶さんを見て、何故か昔、風間さんがボヤいた一言が今になって脳裏に甦った。 確か離婚直後の撮影の時に物思いに耽った風間さんが突然放った言葉だ…… 離婚…… 「……っ…」 嫌なことを思い出した俺の顔色が青を通り越して白くなる。 それと同時に晶さんから奪ったバックをその場でひっくり返して中身を床に落とした。 「ちょっと…なにすっ…」 「元に戻すだけだから大丈夫──」 「……っ!?…」 「あ、晶さんは気にしないで座ってていいよ。俺やっとくし」 にっこり笑って散れた服をまとめてクローゼットに押し込む。 そんな俺の振る舞いはもう無謀も承知の上だった──
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