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二人についていくと、やがて大きな扉の前に突き当たった。扉には〝食堂〟と示されたプレートが下がっている。
空腹だった俺は、いそいそと扉の取っ手に手をかけた。そのまま勢いよく開け放とうとしたが、それは 聖の手によって制されてしまった。
「……?入らないのか?」
俺の質問には答えず、聖は取っ手に手をかけたまま、七瀬に目配せをする。
七瀬はなにかを察したように頷くと、俺に耳栓を差し出してきた。
「これ。つけた方がいいよ」
理由を聞こうとしたが、すぐに察し、差し出された耳栓を無言で受け取った。
そのまま耳に突っ込む。
「…いくよ」
俺と七瀬が頷くのを確認してから、聖は食堂の扉を開け放った。
「キャアアアアアアアアアアアアア」
瞬間、耳を劈くような凄まじい声が 耳栓越しに響く。
さっきも思ったが、
この声は男子高校生の、いや、“人類の”限界を軽く超えていると思う。
…だが、そんな叫び声も、どよどよとした騒めきに変わっていく。原因は言わずもがな、俺である。…もう一度言おう、平凡である。
「姫宮様、市ヶ谷様、今日もステキすぎる…っ!
……てか何あの眼鏡。誰」
「あっ僕知ってる!
確かあいつ外部生だよ、Sクラスの」
「Sクラスッ……!?あんな平凡がっ…!?」
あまりに好き勝手ないいように、俺は眉根を寄せる。
さすがの聖も、困ったような笑みを浮かべていた。
そして、七瀬はといえば、…………………この小説が〝ホラー〟というジャンルに化するのを防ぐために、敢えて言わないでおこう。
あちこちで飛び交う不満の声に耳を塞ぎながら、食堂の端のテーブルに移動する。
席に着くと、俺は改めて食堂全体を見渡してみた。
食堂は、とにかく広かった。大理石のタイルに、二階へと続く立派な階段。
厨房の中では、一流であろうシェフ達が忙しそうに料理を作っている。
その一つ一つの動作をしばらくぼーっと眺めていると、右肩をトントンと軽く叩かれた。
見ると、聖がタブレットらしきものを片手に持っている。「何食べる?」と聞かれて、思わずそのタブレットを二度見した。
…どうやら、注文はこのタブレットでやるらしい。
渡されたタブレットを覗き込むと、カタカナで書かれた高そうな料理名がつらつらと並んでいる。
__『パトゥルジャン・イマム・バユルドゥ』って知ってる?知らないよね。
「カレー、は…ないよな……」
力なく呟く俺に、七瀬が答える。
「あるよ。
インド風のカレーらしいから多分すっごく辛いと思うけど」
インド風!?
あれか、インド人が直接作っているやつか。くそ、晋一さんめ。インド人だって忙しいんだぞ!
「カレーで」
謎のインド愛?をよそに、俺は即答した。聖が、クスリと笑いタッチパネルを操作してくれる。
数分立って、料理がテーブルに運ばれてきた。
ちょっ、早すぎじゃないか?インド人無事か?
まだ見ぬインド人に同情しながら、ウエイターに礼を言う。
すると、ウエイターは一瞬驚いたように目を丸くし、嬉しそうに笑った。……ウエイターまでイケメンとか、この学園狂ってんのか。…もしかして、インド人までイケメンだったりして。
「「………」」
インド人イケメン像を想像し、一人で吹き出す俺を、何故か二人とも真顔で見つめてくる。
「なに?」
「……一葉、ってさ。
なんか危ないって言われない?」
聖のおかしな質問に、ポカンと口を開ける。
それとほぼ同時に、背後でバンッと食堂の扉を開ける音がした。
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