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香水が出来上がるまでの間、僕たちはオランダ館の中を見て回る。かつて実際に西洋人が住んでいた屋敷の中には、古い浴槽や応接セットなどが展示してある。
「ねえ、訊いてもいい?」
二階の廊下を歩いているときに、玲が言った。
「どうしたの?」
「どうして香水を二つ注文したの?」
僕は立ち止まり、少し間を置いてから答える。
「玲がいなくなっても、いつでも玲を感じられるように」
「そう」
玲は呟くように言うと、ひどく寂しそうな表情を浮かべた。
出来上がった香水は、フローラル系の甘い香りで、玲によく合いそうだった。玲はすぐにそれを首筋と手首に付ける。香水が玲の匂いと混じり合い、ふんわりと優しい花のような香りが漂ってくる。
「いい匂い」
玲が笑顔で言う。
「うん、そうだね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
西に傾く太陽を眺めながら、僕はそう答えた。
残りが三十日を切った頃から、僕は毎日が過ぎていくのが苦痛でならなくなった。毎日少しずつ自分の身を削られるような気分になる。夜もなかなか寝付けず、眠っても玲がいなくなる夢に魘されて真夜中に目を覚ます。それでも無情に時間は流れてゆく。
そして、いよいよ最後の夜がやって来た。明日、玲はこの家を出てゆく。そして、僕たちは正式に離婚することになる。僕はソファでテレビを見る玲の横にそっと腰を下ろした。
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