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玄関を解錠し、扉を開けると、女性ものの黒いパンプスが目に入った。そして、奥のキッチンの方からは、包丁がまな板を叩く音が聞こえ、魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
「ただいま」
僕は玄関から、キッチンの方に向かって声をかけてみる。すると、包丁の音が止まり、キッチンの扉が静かに開く。そして、写真で見たそのまんまの女性が顔を覗かせ、
「おかえりなさい」
と笑顔で答えてくれる。僕の心臓はひどく高鳴る。これまで女性と付き合ったことすらない僕は、どんなふうに彼女と接すればいいのかわからない。だけど、このまま玄関に突っ立っているわけにもいかない。僕は靴を脱ぎ、ゆっくりとキッチンへ向かった。
「あの、橋本玲さんで間違いないですよね」
僕はキッチンに入るなり尋ねた。
「ええ、そうです。でも、少し間違ってますよ。私はあなたと結婚したのだから、橋本玲ではなくて、幸崎玲です」
玲はそう言うと、ニコリと笑った。
「あなた、お仕事お疲れ様。もう少しで晩御飯ができるから、ダイニングで待っててね」
「あ、はい」
「ねえ、夫婦なんだから、そんなに緊張しないで」
「うん」
緊張しているのを完全に見抜いた様子の玲に、僕は短く答えてから、言われたとおりにダイニングに移動する。だけど、緊張するなと言われても無理な話だ。何せ、自分の理想を絵に描いたような女性が自分の妻として眼の前にいるのだ。
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