香り

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 「向日葵の……香り………」  とても遠い夏の日、祖母が住んでいた家の近くに大きな向日葵畑があった。別に誰かが育てたわけでもなくいつの間にか畑のように大量の向日葵が咲いていたらしい。私はよくそこに遊びに行った。どうしてかは覚えていない、多分祖母の家の近くに私と同じぐらいの背格好の子供がいなかったから自然とそこに足を運んでいたのだと思う。  畑の中は子供の私に別の国にいるような感覚をさせてくれた。照りつける太陽はいつもの暗い色ではなく青空の中でさんさんと輝いていた。周りの向日葵たちは上を向いているが手を伸ばせばこちらの方を向いてくれる優しい人たちだ。それに彼らをかき分けるのはとても気持ちがいい、嫌な気持ちになんてこれっぽちもならない。  そして彼らをかき分け続けると大きな山が悠然とそびえ立っていた。その景色は幼い私の胸に何か大きなものを感じさせた。それは今考えると達成感のようなものか何かだと思うが幼い私にはどう捉えられていたのだろうか、そんなことはもう知る由もない。  祖母は私が5歳の頃に亡くなった。結核だった。母が言うにはその時の私は一切泣かなかったという。それを見て父はこの子は将来立派な子になる!と言って周りの親戚から冷たい視線を浴びたそうだ。  けれどおかしいことにそれを聞いた8歳の私はどうしても祖母が死んだ時のことを思い出せなかった。その年の秋に祖母の家を売り払うことが決まっていたので私は母にお願いして最後に連れてってもらったことは印象深い。そのあと父にこっぴどく叱られたことも同様に。  行くまでの道中、私は母の服をギュッと掴んで放そうとしなかったという。けれど祖母の家に着くやいなや向日葵畑の方に一人駆け出していって夕方にもなって帰って来ないから心配した母がわざわざ探しに行ったのだとか。あの時は近所に住んでいた人にも手伝ってもらって近くを大捜索したそうだ。あの時に戻れるなら謝って回りたいな。  私が見つかったのは向日葵畑の中だった。どうやら遊び疲れて寝ていたみたいと母は言う。このときのことはよく覚えている。近所の人達は私が見つかって良かったとホッとしていたけれど母はもうカンカンで当分口を聞いてくれなかった。  当時の私は気付かなかったが今の私は8歳の私がした反抗を理解している。私にはあそこが全てだった。あそこが焼けてなくなっても私の世界はあそこだけだったのだ。
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