第五章 逆襲のエリヤ

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「こうなれば、皆殺しだ。全員死んでしまえば、何も言えねぇだろ」  支店長は、カーペンタ老人に襲いかかる。一番与しやすいと考えたのか、自分の地位を脅かすものと考えたのか、それとも単なる気まぐれか。判断する前に体が勝手に動き出す。  支店長に勝てるはずがない。武器を持っていなくても、体格差で負けている。十分に承知をしていたはずなのに、老人をかばおうとしていた。短剣(ダガー)で刺される恐怖より、眼の前で他人が殺されることの方が嫌だった。  所詮、短剣。心臓とか首筋を刺されなければ死にはしない。そんな計算が心の奥底にあったかもしれない。体当たりをすれば動きを止めれるかもしれない。そんなことを考えていたのかもしれない。  だが、実際は、反射的に動いただけで、熟慮した行動ではなかった。一撃の下に刺殺される可能性が十分にあった。つまり、支店長の速度と力から、そのような最悪の事態が引き起こされて……も、不思議ではなかった。  室内で、一番速く動いた人物がいた。支店長より遥かに素早く、そして力強い動き。俺が護ろうとしたカーペンタ老人は、その年齢から想像もできない反応をした。それでいて、風に揺られる柳のように流れるようなしなやかな動きだった。  カーペンタ老人は、雷神の動きで一歩踏み込む。瞬時に詰めた間合いで、今まさに突き出されようとしている短剣を無視し、両手の掌底を支店長の腹部に打ち込む。  カーペンタ老人の掌底は、面の勢いをカウンターでいれると同時に、角度をずらして支店長を弾き飛ばす。倍とは言わないが、一回りは大きい支店長が二転、三転しながら床に転がると、カーペンタ老人は両手を構えたまま、起き上がってくるのを待ち構える。  だが、支店長はその一撃だけで十分だったのだろう。仰臥した支店長は、口をだらしなく開いたまま気絶している。演技じゃないかと疑いたくなる目は、虚しく天井を見つめている。 「見掛け倒しだったな」  カーペンタ老人が、俺に笑顔で話しかけてくると、彫像のように固まっていた壮年の男性が声を上げる。 「専務っ! 寿命が縮まりましたよ。もう、こんなことは止めてください」  壮年の男性が近づいてくるのをカーペンタ老人は手を伸ばして留める。 「こうなることは、予想していたことだろ。それより、短剣をその男から取り上げぬか」 「わかりました。が……」  壮年の男性は、文句を言い足りない表情を見せながらも、命令に従う。支店長が掴んだままの短剣を取り上げると、ポケットから取り出したハンカチを刃の部分に巻きつける。 「一体、どういうことなんですか……」  俺はカーペンタ老人に訊ねる。状況が好転していることだけは、理解できる。だが、俺が予想してレベルより大きなことが起こっている。 「君、専務は、君程度の人間が……」 「止めなさい」  壮年の男性の言葉をカーペンタ老人は抑える。支店長の処理をするよう視線で指示を出す。
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