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「ステフに支店長の暴走を止めるように依頼をしたのは、君だろ?」
カーペンタ老人がいたずらっ子のように話しかけてくる。
「ステフ? ああ、そうです。メイクラフトに、本社と相談して監査官を派遣してもらうようお願いしたのは私です。ですが、来られた監査官だけと思っていました」
俺が返答をするとカーペンタ老人は一瞬だけ笑顔を見せるが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「表面上の監査なんかいくらでも誤魔化しが効く。ここは、奴の牙城だから、内情を調査しないことにはボロが出てこない。と言っても下手に周囲を調査することは危険だ。前回のような犠牲者を出すことは絶対に許されることではないからな」
「犠牲者、ですか」
「そうだ。コヤツが以前の支店長をしていた支社で、自殺者が出ている。今まではバークシー男爵からの横槍で十分な調査が出来ていなかったが、本当に自殺だったのかを含めて、これから綿密な捜査が行われることになるだろう」
「とすると、支店長は有罪になるのですか?」
「それは、判らん。これからの捜査次第だ。だが、ラジエル支社の支店長が変わることは間違いない」
カーペンタ老人の言葉に、俺は力が抜ける。緊張感が途切れて倒れそうになるのをなんとか踏ん張る。
「専務、今回のような無茶はもうしないでくださいね」
壮年の男性が、ため息を吐きながらカーペンタ老人に話しかけてくる。
「そうだな。最後にしよう」
「専務は良いかもしれませんが、周囲の人間が大変なんです。お立場をもう少しご自覚していただきませんと」
「心配するな。十分に理解している」
「と、思えないんですよホント」
壮年の男性の口調は穏やかだが、酷い言いようだ。それでも、カーペンタ老人は怒る様子も悪びれる様子もない。軽く話を受け流すと、それでも相手にするのが面倒になったのか、俺に話を振ってくる。
「フォーソード君は、迷宮に潜ったことはあるのかね?」
「いえ、探査免許を持っていません」
「申請すれば良い。会社の金で」
予想外の話の展開に返事を躊躇っていると、壮年の男性が口を挟んでくる。
「専務、また適当なことを言わないでください」
「言っとらんわ。ラジエルの受注構造を見たところ、案件は下期及び一部、春先に集中している。だから、上期は利益が出ていない。その分を迷宮探査業務をすることで、採算の平準化を考えてだな」
「それは、彼のような立場の人間にではなく……」
「トゥニ!」
カーペンタ老人が突如、壮年の男性のことを一喝する。トゥニは名前なのだろうか? と考えながら、壮年の男性のことを見ると、顔が若干青ざめている。
「さっさと、ラジエルの検査官を呼んできて、コヤツを連れて行け。脅迫と暴行容疑で構わないだろう。事前に、検査総督には話はつけてある。スムーズに連行してくれるはずだ」
壮年の男性は、返事をすると、良いタイミングを与えられたとばかりに出ていく。
「専務は、」
「カーペンタで良いよ。その方が話をしやすいだろ?」
「では、カーペンタさんは、迷宮に潜られたことがあるんですか?」
俺が質問をすると、カーペンタ老人は声を上げて笑う。そして、ノーデンス商会設立の話と迷宮探査や冒険の話を訊いてもいないことまで話し続けてくれた。
今まで、偉い人間なんて、偉そうなだけと思っていた俺にとって、カーペンタ老人は異質な存在だった。思っていたより気さくで、面倒なくらいに話が長い。こっちが気を利かせて飲み物を用意しないと、声を潰しそうなくらいにひたすら喋る。その癖、こちらの話を聴こうとはしない。同意すると言わんばかりに頷くと、すぐに自分の話に戻す。
だからと言って、嫌いにはなれない。いつまでも話し続けられそうな冒険譚を聴くことは全く苦痛ではない。だが、時間は有限だ。俺には余裕があっても、カーペンタ老人は、自らの時間を好きなことに使うことは出来ない。
「帝都に来ることがあれば、是非立ち寄って欲しい。フォーソード君ならば大歓迎だ」
支店の戸締まりをしながら、カーペンタ老人と彼を迎えに戻って来た壮年の男性と男性と別れた。
空はいつの間にか、暗闇のカーテンに包まれていて、幾つのもの星座が輝いている。淡く光る月明かりが地上を照らし、帰り道までは困りそうもない。不安など無い俺は歩き始める。暗闇ではあるが漆黒ではない。俺は、頬を撫でる暖かい風に、夏が近づいていると気づいた。
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