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久遠氷雨という毒(ひと)を、私は独り占めしている。
それは、陳腐な表現かもしれないけれど、世界で一番恵まれている事だと思う。
彼と二人きり。
この広くて大きな屋敷で生活をするようになって、もうすぐ二ヵ月。
この家に部屋数がいくつあるのかも、この屋敷の外観すらも実はまだ私は知らない。
彼が教えてくれない事だから、きっと私が知らなくて良い事なのだ。
「ひー君…好き。」
相手の胸元に顔を埋めて擦り寄せて、ひー君の甘い香りに酔いしれる。
貴重な寝姿をもっと眺めていたいけれど、生憎今夜の私にはやらなければいけない事がある。
だからこうして、彼が眠りに落ちるまで静かに待っていた。
「素敵な夢を見てね、ひー君。」
警戒心が異常に強く、病的なまでの神経質さを持ち合わせている彼の腕から脱出するという最難関の壁をどうにか突破した私は、ペタペタと素足のままタイル素材の床の上を駆けた。
いつもはふわふわのスリッパを履いているけれど、それを準備してくれるのも片付けてくれるのもひー君だから、私は足を温めてくれるスリッパの在処を知らない。
三月の深夜はまだまだ冷たい。
あっという間に温度を奪われた素足も身体も、もう既にひー君の体温が恋しくなっていた。
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