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「うわぁ…美味しそう。」
オーブンからミトンをはめた手が取り出したのは、こんがりきつね色に焼き色が付いたシナモンの香りを放つアップルパイ。
どうやら彼は、私の作るアップルパイが一番の好物らしい。
小さい頃に、ママから教わって一生懸命練習して覚えたパイ生地も、今ではすっかり上手に仕上がるようになった。
沢山の林檎とシナモンを使ったアップルパイ。久しぶりに作るから少し心配だったけれど、大成功という結果に頬が緩む。
「ひー君、喜んでくれるかなぁ。」
可愛く深紅のリボンで飾っただけで、見栄えも良くなってくれた。
満足のいく完成品を冷蔵庫に閉じ込めて、元通りにキッチンを磨いた私は午前2時、息を潜めて彼の眠る部屋へと赴く。
「見つけた。」
「きゃっ。」
最後の一つの角を曲がった刹那だった。
何処からともなく暗闇から伸びて来た手に手首を攫われた私は、強引な力で全身を引き寄せられた。
さっきまで一生懸命に作って上手に出来たアップルパイよりも、甘くて魅惑的な香りを鼻腔が察知する。
喩え真っ暗で貌が見えなくとも、この香りと耳元で消えた甘い響きで私の身体を抱き締めているのかが誰なのかすぐに分かってしまう。
「はぁ…良かった。てっきり日鞠が僕の愛の元から逃げ出したんじゃないかと思ったよ。焦燥感と不安に殺されてしまいそうだったの。」
「ひー君…。」
私は彼に随分な心配をさせてしまったようだ。
大きく深く、安堵の物と思われる息を漏らしたひー君は、漆黒の中だというのに、私の頬を探り当てて優しく撫でてキスを落とした。
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