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「ゼロ…」
俺は階段の前に立ち、そう言う。
「大正八年生まれ…ちょうど今から百年前にオイは生まれた…。生まれたとはこん町から少し離れた町ばってん…。ここと一緒でなんもなか町やったとよ…」
俺は小さな声で話す大婆ちゃんの声を聞きながら一段、階段を上った。
「一」
俺は両足を一段目に上げて言う。
「記憶にもなかばってん、オイの親父は山で薪になる木を取って来て売りよったらしか…。貧乏で、明日の飯ばどうするかって話ばいつもしよったらしか…」
「二」
「まだまだ、なんもなか時代やったとたいね…」
「三」
大婆ちゃんは黙って息を吐いた。
「四」
「四歳の時、関東で大きな地震のあったとよ…。親父がその地震の復興の作業員として一人で汽車に乗って行った。それば駅まで送って行ったとば覚えとるたい…」
何度も聞いた話だった。
しかし大婆ちゃんが記憶の中で自分の人生を振り返っているのを邪魔しようとは思わなかった。
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