あなた、ラ?

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 女性はいきおいよく立ち上がり僕に向かってそう怒鳴ると、早足に階段へ向かいこつこつこつとヒールの音を鳴らしながら上がっていってしまった。僕はただ呆然と彼女の去った階段の方を見ていた。電車が来る時間が近いためか、さっきより人が増えていて、僕の方をにやにやしながら見る人もいれば、冷淡な眼差しで見る人もいた。美人に話しかけられ高揚した気持ちが一気に冷えていき、夏のドリンクに入れた氷のようにピキピキ音がしそうだった。スマホを触る気すら起きず、僕は線路を挟んだ向かいにある大きなエステの看板にレタリングされたキャッチコピーを何度も心の中で反芻した。「美は、日々の努力の結晶です」。  電車は定刻通りに駅に着いた。僕はいつものようにそれに乗り、適当に空いた席に座り、ゆらゆら小刻みに揺れ、すっかり暗くなった窓の外を見ながら、さっきのはなんだったんだろうとしばし追想した。……  今、これを読んでるそこのあなた。 「あなた、ラですか?」と聞かれて僕はなんと答えたらよかったんでしょうか。あるいは、「私、五十音でいうとなにに見えます?」と見ず知らずの若い女性に聞かれてなんと答えたらよかったんでしょうか?   ところで、あなた、ラ?
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