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福岡へのフライト
その年の冬は非常に乾燥していて、日本中で火災が多発していた。強い北風の吹く日も多く、火災が大規模に延焼する被害も多数発生している。
つい一週間前も大田区の中小企業の工場が並んだ地域で大規模な火災が発生し、複数の町工場が被害に遭っていた。
その日も非常に寒くて乾燥していたが、雲一つない真っ青の空が広がっていた。
高谷加奈は二十六歳。新卒で極東航空にパイロットとして入社し、二年前からボーイング767の副操縦士として空を飛んでいる。今日は休暇を取って実家の福岡へ帰省をする為、羽田空港のゲート前で搭乗を待っていた。
この日は平日なので、フライトは比較的空いており、待合室の椅子もまだ空席がある状況だった。
加奈がタブレットを取り出してメールの確認をしていると、隣の席に五十代の男性が座った。彼はグレーのスーツにネクタイを締めビジネスマン風だったが、ジャケットには皺が目立ち、靴は傷だらけで汚れていた。加奈は少しだけ違和感を感じたが、偶然、隣に座った男性にそれ以上関心を寄せる事も無く、自分のメール処理に集中していた。
「極東航空二五九便、福岡行きは、只今より優先搭乗を開始致します。優先搭乗をご希望されるお客様は六十六番搭乗口よりご搭乗下さい」
地上係員のアナウンスが流れると、隣の男性は席を立ってゲートに向かおうとしていた。加奈はその男性が座っていた隣席の足元に黒い鞄を置き忘れているのに気付いた。
加奈はその鞄を拾い上げた。
「えっ? こんなに重いの・・」その鞄は見た目より相当重く感じたが、兎に角その男性に駆け寄って声を掛けた。
「あの! この鞄、私の隣に置き忘れていました!」
加奈のその声に男性が振り向く。
「あっ! ありがとう。助かります」
その男性はそう言って黒い鞄を受け取ると、もう一度ありがとうと言ってゲートに向かって行った。加奈もタブレットをショルダーバックに仕舞うとゲートに向かった。
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