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「おう、久しぶりじゃねえか水落」  何ヵ月ぶりかに足を踏み入れた地下にある薄暗く狭いバーは、十年以上前から何も変わっていない。  世の中の退廃が流れ込んでそのまま淀みつつもこの地に落ち着いた。そんな空気が懐かしい。今は都内のどこも禁煙の店ばかりだが、ここは未だに煙草と酒が気だるく自由に空間中で揺蕩い、絡み合っている。  白く揺らぐ煙の筋を頬に掠め、一番奥のカウンター席に座るとマスターが一瞬驚き、すぐにくくっと口角を上げた。この笑い方も十数年間変わりない。だが少し伸びた無精髭は微かに白いものが混じってきた。やはり変わらないものなんてないということか。 「あーこの仕事やってるとあんまり深酒できないからなかなか来れないっていうか」 「んじゃあソフトドリンクでも飲むか?」 「そんなのあったっけ?」 「ねえよ。ジュース飲みたけりゃおうちに帰りな」  くくっと笑い、出してきたのは氷入りのバーボンだった。このバーに来ると注文していないのに勝手にマスターの久保(くぼ)がその時の気分で酒を出してくる。いや、他の客にはちゃんと注文を受けた上で希望のものを出しているが、水落は馴染みの客だから扱いが適当だ。  そもそも客としてこの店に通っていたわけではなかったから当然か。
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