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さっきまでの晴天が嘘のようだ。
一天俄かに掻き曇り、来るなと思ったらザザァッと雨が降ってきた。
「じゃ、そういうことで!」
そう言って逃げるように走り去る浩平の後ろ姿を見送る。
”そういうことで”って何なのよ!? 五年も付き合ってきた恋人への別れの言葉にしては、呆気なさ過ぎる。
冗談じゃないわよ。戻ってきて、ちゃんと説明しなさいよ。
先月の私の誕生日にプロポーズしてくれたわよね? 来週、うちの実家に挨拶に行くことになっていたわよね?
それなのに『会社の後輩が妊娠したんで、あっちと結婚することにした』って何?
言いたいことはたくさんあったのに、急に降ってきた雨が口に流れ込んできて何も言えなかった。
「酷い話だね、あっちとかこっちとか。要は二股掛けてたってことでしょ?」
ギョッとして隣を見ると、制服を着た男の子が神妙な面持ちで私を見ていた。その胸元のエンブレムは偏差値の高さで有名な私立高校のものだ。
駅ビルの庇の下では、少しずつ間隔を開けて人々が雨宿りをしている。
そもそも浩平がこんなところで別れ話を切り出すのがおかしい。隣に立つこの男の子だって、聞きたくもないのに耳に入って来てしまったのだろう。
「でも、お姉さんはラッキーな方だと思うよ。あんな男と別れられたんだから。もっと悲惨なのは”あっち”の妊婦さん。二股掛けられてたことも知らないで、結婚することになっちゃって。」
そうだねって相槌を打とうとしたら、スッとハンカチを差し出された。
「え?」
「涙。拭きなよ。」
「あ……」
雨だとばかり思っていた頬を伝う水滴は、両目から溢れて止まらない涙だった。
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