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 この日は仕事が早めに終われる日だったので、由希と待ち合わせて近所の飲食店で食事をした。宗一郎がいきなり連絡をくれたのがよほど嬉しかったらしく、由希は上機嫌だ。 「今日家行ってもいい?」 「ダメだ。いまから行ったら遅くなるだろ、明日も学校なんだから」 「ちぇっ」  由希はむくれたが、宗一郎がこう言うのはいつものことだから反論はしてこなかった。相手は高校生だ、恋人同士とはいえ頻繁に夜遅くまで連れ回したくはない。まともな親なら心配するはずだ。  それに由希は性欲が強い。まあ高校生だしそういうことに興味がある年頃なんだろう。対して宗一郎自身はそこまでではないし、仕事終わりだと疲れていることも多かった。だが、いつも由希の誘惑に負けて時間があっという間に過ぎてしまう。 「由希ってさ」 「なに?」  こういうことを聞くのはデリカシーにかけるかもしれない。周りに会話が聞こえないような作りの席だが、それでもいささかためらわれる。 「その……元カレとかいたのか」 「……なんで?」  由希はニッコリ微笑むとそう言った。  初めてした日の行動は今でも鮮明に覚えている。宗一郎に迫って、下半身を刺激してきた。彼は男を気持ちよくする術をたくさん知っていた。いままで抱いた相手の中でも抜きん出ているのは明らかだ。そんなことを由希に直接話すわけにはいかないが。 「なんで、って……」 「そんなこと聞いてどうするの?」  由希は笑顔を崩さなかった。いつもと変わらない笑顔なのに、どこかが違う。爆弾、という鮎川の言葉が脳裏をよぎる。 「た、確かにどうするんだって話だな。いまは俺の恋人なんだし」 「そうだよ。俺そういう話するの苦手なんだけど」 「そっか、悪かったな」  しかめっ面になった由希は唇をとがらせる。いつもの彼だった。かわいい恋人の由希がそこにいるだけだ。 「由希からすれば俺なんてずいぶん年上なわけだろ。今まで年の近い子と付き合ってきたのか気になったんだよ」 「宗一郎さんは……特別だもん。大人だけど、いい人」  由希はそう言うと、食事を黙々と口に運ぶ。まるで大人が信用ならないみたいな言い方だった。 ◯ ◯ ◯  この日は少し肌寒く、店を出ると冷たい風が頬を撫でた。送らなくていいと言われたが、暗くなっていたので彼を自宅まで送ることにした。  そのあいだ、由希はずっと窓の外に目を向けていた。その横顔からはいつものような明るい雰囲気が消えて、どこか物悲しそうに見えた。 「……ここでいいよ」 「家の前まで行かなくていいのか」 「うん、ここでいい」  宗一郎はコンビニエンスストアの近くで車を止めた。 「ここから歩いて帰るのか」 「コンビニ寄りたいから。ここでいいよ」  そういえば、由希を送るときはいつもこの場所までだ。そして以前も同じことを言っていた気がする。送るのだって毎回必ず最初は断ってくる。家の場所を知られたくないのだろうか。  由希が自分の家庭について話してくれたことはない。親はどんな人なのか、なにをしている人なのかも教えてくれたことはない。気にはなったが、由希のことをいま質問すべきではない気がして宗一郎は言葉を飲み込む。今日みたいに自分の知らない顔をするのではと、そんな気がしたのだ。  由希は車を降りる前に宗一郎の頬にキスをした。そのまま抱きついて、胸に顔を埋める。 「あとで電話してもいい?」 「ああ」 「次会うときはエッチしようね」 「ストレートすぎるぞ」  やはり今日するつもりだったらしい。部屋に連れていかなくて正解だった。 「じゃあね、今日はありがとう」 「気を付けてな」  由希は車から降りると、大きく手を降った。車を再び走らせて数分後、やはり彼のことが気になり宗一郎は車を止めた。Uターンしてコンビニエンスストアまで向かうと、ちょうど買い物を終えた由希が出てきていて、交差点を渡って住宅街のほうへ歩いていく。  宗一郎は車を止め、気が付くと彼のあとをつけていた。 ◯ ◯ ◯  コンビニエンスストアから十分くらい歩き、徐々に人通りも減って行く。夜道を一人で歩く高校生の後ろをこっそり歩く宗一郎は完全に不審者だ。だが、大事な恋人が暗い夜道を一人で歩いているのは心配なので今更引き返すわけにもいかなかった。おおかた、近所の友達の家に遊びに行くとかそんな理由だろう。  だが、彼が古びたマンションの前に到着すると、それが友達の家でないことはすぐわかった。大きさからいっておそらく単身者向けのマンションだ。部屋番号が書かれた郵便ポストを開け、中のチラシや封筒にさっと目を通しカバンの中に突っ込むと由紀は持っていた鍵で奥のドアを開け、姿は見えなくなった。
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