百人村

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「かあ〜かあ〜」とカラスの鳴き声が聞こえる夕暮れ時、「オギゃーオギゃー」と赤ん坊の泣き声が静かな村に響き渡りました。三年ぶりに、百一人目が生まれたのです。  その日の未明、駿の家の前に緊張した若者数名の姿が闇の中にありました。一時の間それぞれの役割を確認するような話をしていましたが、程なくすると頭の両側に鉢巻きで括り付けたニ本の蝋燭(ろうそく)に互いにマッチで火を点け合いました。  (ふくろう)が時を告げるように木の上で「ホーホー」「ホーホー」と鳴いています。    いよいよ若者たちは覚悟を決めて誰からともなく目配せをすると鍵もない引き戸をガッと開け、一気に目指す部屋に雪崩込んだのです。暗がりの中で若者の頭の蝋燭(ろうそく)の灯りがユラユラチロチロと不規則に部屋を照らしました。  元村長の辰はすでに覚悟を決めて部屋の真ん中に正座をして時を待っておりました。辰は一切抵抗しませんでしたが、若者は事がやり易いように辰を羽交い締めにしました。そして何ら躊躇(ためら)う事なく、思い思いに何度も何度も刃物で刺したのです。それはもう言葉そのまんまの「滅多刺(めったざ)し」でした。部屋の中はそこら中、血しぶきが飛び、辺り一面血の海と化しておりました。     排除はものの一分も掛かりませんでした。事の終わった部屋に駆け入り、まるで血の海で溺れたような父親の姿を目の当たりにした駿は、この村の〈小さな社会主義〉に一瞬疑問を持ちましたが直ぐ様、頭を振りました。  駿の耳の奥にはいつまでも、赤ん坊の泣き声と父親の断末魔の(うめ)き声、そして若者の荒い息遣いが重なり合って耳鳴りのように聞こえていました。混乱が鎮まるまで駿はその場にうずくまっていましたが、父親が運び出され暫くすると、障子から入る朝やけに促され、現実を受け入れるようにゆっくりと立ち上がったのでした──。 《年寄りを排除する最中の若者の喜々(きき)とした目の輝きに、先祖の遺伝子を垣間見た気がしましたが気付かなかった事に致しましょう。これが百年以上続き、国に捨てられた「百人村」の物語でございます──》
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