百人村

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 ある日、辰が農作業をしていると村の世話役の(しん)が足早に報告にやってきました。 「辰さん、始まりましたよ」 「そうか、始まったか……どれくらいかかりそうかね」そう言いながら辰は農作業の手を休めて腰を伸ばしました。 「メイはもう三人目ですから……早いかもしれませんね」 「ふーん。じゃすぐに若い衆を集めてくれるかい」辰は懐から事前に用意していた一枚の紙切れを取り出すと晋に渡しました。 「分かりました──」晋は神妙な面持ちで紙切れを受け取り、若者数名の名前をチラリと確認した後、大事に懐に仕舞いました。  晋が始まったと言ったのは、メイの陣痛のことでした。百人村に百一人目の村人が誕生するのです。何年振りかの事でした。  若い衆の力を借りるのは、赤ん坊が生まれる度に行われる掟の一つを滞りなく遂行するためでした。それは絶対に守るべき村一番の掟だったのです。  辰は赤ん坊が生まれる事は村の存続のために、たいへん重要で目出度い事だとは分かっていました。それでも子供の頃から優しくしてくれた直爺の姿を思い浮かべると、少し悲しい気持ちになるのは仕方ない事でした。  直爺はもうすでに足腰も立たない老齢で、毎朝の点呼にも家族に手押し車に乗せられてやっと参加しているという状態でした。今回の対象は直爺だろうと村の誰もが知っていました。  三時間も経つと、静かな村に元気な赤ん坊の泣き声が響き渡りました。  
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