4人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は、結局、居場所を見つけられなかった。
地面にも、水の中にも、そして空にも僕の居場所はなかった。
…実は、探さなくても良かった。
と気づいたのは、ついさっき。
僕の居場所は、どうやら本当に今のところ、母さんたち家族の傍だったらしい。
今ひどく、ふわふわしている。
気持ちがふわふわしてるとかではない。
本当にふわふわ浮いているんだ。
"死んだ"らしい僕は、どうやら今、いわゆる幽霊と呼ばれる存在として僕の居場所に戻ってきている。
(うけるー)
ケラケラと笑ってみても、誰もその声をうるさいとも咎めない。
落ちた瞬間は、空が居場所なのかとも考えたが、僕は今家にいる。
家で、泣く母さんのそばにいる。
いつも仕事に行っているはずの父さんは、僕の遺影の前でグッと拳を握りしめて、全く動かない。
最近、大した会話をした記憶もない姉さんは、いつも独り占めしているど真ん中に座るソファの隅で膝を抱えている。
時折、鼻をすする音が部屋に響く。
「あの時止めておけば」と自分を責める母さんのそばで違うよ、母さんのせいじゃないよ、と聞こえない声で僕は囁く。
僕の死因は結果、自殺となった。
あんな人目につかないような場所でビルから引きこもりが落ちたんだから、そりゃあ、飛び降りだって思われても仕方ないけれど。
もっとちゃんと捜査しろって思った。
あれば事故だった。柵の老朽化だ。
確かに、立ち入り禁止を無視して入り込んだのは悪かったけど。
けど、僕にそれを伝える術はない。
死んで知った。
死人に口なしってこういう事か。
本当に生きている人間に何も言ってあげられない、伝えられない。
母さん達は学校にイジメの有無を聞いたようだった。
学校はアンケートを取ったらしいけど結果は「イジメはありませんでした」。
僕はその報告を聞く母さんたちの横で、まあ、確かにイジメはなかった、と頷く。
僕のことを遠くで「どんくさい」と嘲笑ってたりしてた奴はい確かにいたけれど、暴力とか、直接何かされたことは多分なかった。
でも、その本人達がなんとも思っていない嘲笑っている視線に、言葉に耐えきれなくなって僕は引きこもった。
知ってるか??
殴る蹴る、だけが暴力じゃないんだ。
「言葉の暴力」だって確かに存在するんだよ。
……なぁんて、そんなことはもう、誰にも伝わらないんだけどね。
ところで、母さんたちは気付かないけれど、コダマとは目が合う気がする。
試しに、おいでおいでと呼んでみたらコダマは普通に寄ってきた。ニャーって僕に寄ってきた。
(お、お前、視えるのか…)
なんて、小芝居でふるふると震えてみる。
猫に霊感があるってのはあながち間違ってないようだ。今まで、コダマが何も無いところに鳴くことがたまにあったけれど、それは、…まさか、そういうことなのだろうか。
…いや、これはもう、僕の中に秘めておこう。
伝える手段もないんだけど。
「なんであんな所から…」
父さんは手のひらに爪が食い飲むんじゃないかってくらいキツく、拳を握りしめていた。
「バッカじゃないの、あんた、ホント、っ」
普段は化粧が〜といちいち騒ぐ姉さんが、メイクが崩れるのも気にせずにボロボロと泣いていた。
「ごめんなさいね…ごめんなさい…」
僕の写真を抱きしめて、母さんは泣きながらずっとそう繰り返す。
(違うよ母さん、母さんは悪くないよ)
母さんの手に手を重ねてみる。
そういえば最近は、そんなことしたこともなかった。
肌と肌が触れ合う感触はない。
それでも、分かる。
重ねた母さんの手は僕もよりも一回りくらい小さかった。
(母さんって、こんなに小さかったんだなあ)
気づかなかった。母さんの手は僕より大きくて、いつだって引っ張っていてくれたから。
ちょっと引いて見てみると、背中も僕が思っていたより、随分と小さかった。
父さんも、思ったより大きくない。
姉さんなんて、僕より小さいじゃん。
(…僕、いつの間にかずいぶん、デカくなってたんだなぁ)
気づかなかったよ。
肩を震わせて泣く母さんに、そっと寄り添ってみる。
もちろん、母さんは気づかない。
そこにいることを、家族4人と1匹が、リビングに揃っていることを、僕とコダマだけが知っている。
最初のコメントを投稿しよう!