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「先に別件の用事を片付けてくるよ。遺跡の近くで発見された惨殺死体の件もだが、別口の重要案件もあってね。そのあとで、またお伺いするとしよう。妹がこの屋敷を居場所に選んだのには、妹なりの考えがあるからだろう。しばらくは彼女のお手並み拝見、としようか。君には少し迷惑をかけるかもしれないが、どうか彼女の滞在を許してやってくれ」
トニヤ・ジョッセルは、別れの挨拶に右手を差し出した。ジェレミーは躊躇しながらも、その手を握り返した。
「ご期待に沿えず申し訳ありませんでした。この件は、僕なりに調べてみましょう。もしよろしければ、妹さんのお名前をお聞かせ願えますか?」
「ありがとう。妹の名前はマリーベル。三年前に死亡した時には結婚していたので、マリーベル・ブッチーニという名前だったよ」
「えっ。妹さんは、もう亡くなって……いらっしゃるのですか?」
「その通り。おっと、重要なことを忘れるところだった」
得体の知れない画家は、ジェレミーの胸元を指差した。
「君に呪詛をしかけた相手だが、何か手掛かりがあったら教えてくれるかな?」
「は、はい。名前を聞きました。ゲル……。確かアナスタシア・ゲルトルーデと名乗ったと思います。黒衣の美しい女で、外国の猫のようでしたが」
ジェレミーが語ると、トニヤ・ジョッセルの顔つきがみるみるうちに険しくなった。
青と緑のまだら模様になった瞳がギラギラと異様な光を放って、若い差配をたじろがせる。
「せっかくですが、その件は僕自身で調べようと……」
「止めておきたまえ。あの魔女に関わると、今度こそ命を落とすよ」
魔女というおとぎ話めいた表現を使ったが、トニヤ・ジョッセルの表情には、ひとかけらの笑みもなかった。言葉にこもった力も強く、ほとんど命令に近い語り口だ。
ジェレミーはすっかり気圧されて、次の言葉を失ってしまった。
「ジャック、僕の用事は終わったよ。うまそうな食事を口にできないのはの残念だが、失礼するとしようか」
画家はジョンとジェレミーに一礼をすると、黒猫の執事とともに屋敷を去った。
遠ざかる馬車を見送りながら、ジェレミー・ディスフォードは性質の悪い妖精に化かされたかのようにして、しばらくの間立ちつくしていた。
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