5 ジェレミーは、台所で都会の世知辛さを知る

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「その道具って何回見ても不思議だね。爪の先で弾いた珠が、いつの間にか答えの数字を表しているんだ。カトーの国では、皆がそれで計算をするのかい?」  ジェレミーが、頬杖をつきながら尋ねた。兄弟の前に小皿に乗った焼き菓子が出されると、弟のヘンリーが目を輝かせた。 「全問正解のご褒美です。家督を継がれた兄上様には、コックからのささやかなお祝いとして。さて算盤ですが、これを使えるのは大きな城下町できちんと教育を受けた者だけですよ。私は幸いにして登城ができる身分の家に生まれましたので、教育を受けることができましたが」 「お城だって? するとカトーは、サムライだったの? 刀を差してお城にいたの?」 「はい、ヘンリー坊ちゃま。十年以上も昔の話になりますがね」  カトーが微笑みながら返事をすると、ヘンリーは頬を赤らめて笑顔になった。まだあどけない少年猫の目には、遠い国からやって来た黄色い猫が、自分たちとは全く違う不思議な存在に見えるのかもしれない。 「拙者……いえ私は、幕府から特別な命を受けて、この国へやって来たのです。幼い娘と一緒にね」 「娘? カトーには娘さんがいるのかい?」 「ええ」  ジェレミーの問いに、カトーは少し遠い目つきをして呟いた。
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