5 ジェレミーは、台所で都会の世知辛さを知る

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5 ジェレミーは、台所で都会の世知辛さを知る

 差配館の台所(キッチン)は離れになっている。  通常は調理中の悪臭防止のため建物地下に作られることの多い作業場なのだが、湿地帯の近い荒野という地盤が緩い立地のせいで、地下室を作るのが困難なのだ。  そのおかげで、差配館の台所は換気も良く、採光も十分で清潔な作業場になっていた。 「全くもって奇妙な客だったよ、あのトニヤ・ジョッセルという男猫は。得体が知れなくて、対面するうちに寒気がしてくるタイプだ。昨日出会った魔女といい、今日の自称魔法使いの絵描きといい、出会う奴みんなが恐ろしい。僕はこの仕事を続けて行く自信がなくなりそうだよ」 「それは災難続きでしたなぁ。しかし、そういう日もあるということで。いいお茶を入れましたから、どうぞ厄払いに」  ジェレミー・ディスフォードのぼやきに付き合って、コックがお茶を入れてくれた。カップに鼻を近づけると、豊かでかぐわしい香りがする。  つい最近まで王都で食堂を営んでいたという彼は、客あしらいが上手だ。そのため差配館の台所はちょっとしたカフェのようになり、ジョンとジェレミーの親子のほか、メイドたちまでが入り浸るようになっていた。 「うまい! カトーが入れてくれるお茶は最高だね。王都では、だれもが毎日こんなお茶を飲めるのかなぁ?」  若い差配は満足した表情でカップを置くと、両手を伸ばして大きく伸びをした。その様子を見て、東洋猫のコックは苦笑いをする。 「良い茶葉の香りを味わえるのは、毎朝お茶のために三ルシーを払える客だけですよ。二ルシー半では、出涸らしのコーヒーになりますな。私が知っている縞猫は大変貧乏でしたので、店に来るたびに出涸らしのコーヒーしか注文しませんでしたが」 「そうかい。こんな田舎と違って、都会はかなり世知辛(せちがら)いんだね」  ジェレミーが深いため息をついたところで、弟のヘンリーが算数の計算をやり終えた。  カトーは石盤を受け取ると、算盤を取り出してあっという間に答え合わせをした。カトーは淡褐色の毛並みを持つ猫だが、光の具合で時に黄色く見えてしまう。
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