キャンバス

7/8
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
「知ってるよ、女性パートあるでしょ…」 「あ、うん」 曲が始まる。 あたしは彼の顔を見た。 彼は一生懸命、カラオケのモニターを見るフリをしている。 誰も、あたしたち二人の歌なんか聞いてない。 歌い終わった後、さも聞いていたかのように谷村が彼にチョッカイを出してた。 あたしは絵理の横に座り直す。 「あ、ほら!始まっちゃうよ!」 あたしは、谷村にマイクを渡した。 「え!マジ!?、おおっと、って、この歌オレじゃねえぇ!」 そう言いながら歌い出す谷村。 絵理が香織の横に席を移す。 絵理と香織と佐々木が三人で談笑するから、あたしは自然に彼の横に座れた。 「そういえばさ、ヒロくんの髪型…」 この前の合コンの時も、日曜日の時も、こんな髪型じゃなかった。 この前の合コンしか知らない絵理と香織は、たまたまだと思ってる。 あたしだけが知ってる彼の秘密。 「ちょっと、髪の毛切ったら失敗しちゃって」 「えーっ、自分で!?」 「いや、違うんだけど、その」 あたしは、彼の髪の毛を見るフリして、彼に近付く。 あたしは彼の髪の毛をそっと触った。 また、彼の熱量が上がる。 真っ白な彼のキャンバスに、少しだけ、あたしの色が染まってゆく。 「本当は、失敗したあと、最初に谷村がこういう風にやってくれて…自分では初めてなんだ」 「えーっ、似合ってるよ!マジで」 誰も知り得ない彼の秘密が、彼の色となって、あたしのキャンバスを染める。 もっと、彼の事を知りたいのに… あたしのキャンバスを、彼の色に染めたいのに… あたしのキャンバスは、もう色んな色が混ざりあって… もう、どれが誰の色かわからないから…。 だから、せめて、あなたのキャンバスを初めて染めたのはあたしの色だって… きっとあたしは、 もう、あたし自身では思い出せない、その色を、あなたには覚えていて欲しかったんだって…
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!