SOULFRIEND #47の後

2/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
オウジがゆっくりと眼を開ける。 視界はどんよりと けぶっていた。 まだ自分の心の奥深くに入り込んでいるのかと錯覚したが、 体の感覚がだんだんリアルになってくるにつれ、 懐かしい大麻の匂いがした。 目の前にそそりたつ壁から、 さっきまで会話していたハズのヒナが黒いドレスをまとい、 美しく碧く 邪悪な瞳で自分を見下ろしている。 ヒナの背中の翼から 四方に飛び散るアメジストの羽。 ああ、そうだ ココは、 ブリーカーストリートのナイトクラブ “ Mist and shadow ”。 現実の世界に戻ってきたのだ。 「ずいぶん長くイってたね・・?」 隣で甘くそう囁いた相手は、いつかの金髪ショートのオンナだった。 ド派手なメイクの下にある ベビーフェイスがオウジを見上げ、 彼女の黒い爪が 彼の頬に伸びて来る。 まだ目の覚めやらぬオウジが  反射的にビクッと怯えると、 その指は優しく 頬の涙をぬぐった。 自分が現実の世界でも 泣いていたことに気がついて、 オウジはあわてて顔をそらし、 ゴシゴシとダッフルコートの袖でカオを拭いた。 ずいぶんガキ臭くやらかしてしまった自分に驚き、 すぐにいつもの営業仏頂ヅラをなぞったが、ウマくいかない。 と、金髪ショートの肩の向こうから、アジア系の女がぬっと現れた。 「ハーイ ニューフェイスね? あんた、チャイニーズ?  あたしも2世なの」 真冬なのにレースのキャミソールだけしか付けていないその女は、 眼があきらかにイっている。 そしてアジアンはアジアン同士と言わんばかりに 金髪ショートのいる反対側から オウジにねっとりと腕を絡めてきた。 お近づきの印にと、差し出す女のカクテルの中には、 いつも液体のドラッグが入っているのを 金髪ショートは知っている。 「アンタに用はないよ! 引っ込んでな、ブス」 ベビーファイスの金髪ショートは負けじと言い放ち、 オウジの腕を強く引いた。 その反動でオウジはよろけた。 さっきまでいた別の世界と 現実の世界のハザマで、まだ体がついていかない。 店に流れるメタル系の重低音に、軽い眩暈と耳鳴りがする。 「う・・」 戸惑っているオウジは、 初めてこの店に来た時よりも、実年齢よりもずっと幼く見えた。 「なんだ、ガキか・・。」 アジアン女が肩をすくめる。 「お似合いだよ、お子ちゃま同士 遊んでな!」 女は嗤って金髪ショートに言い放つと 店の奥へと消えていった。 金髪ショートが オウジの顔を覗き込む。 「大丈夫?  バッドなトリップだったの?」 そしてハッと声をのんだ。 彼女を見つめ返す黒い瞳が、涙に濡れ 心もとなく揺れている。 このオトコの目は こんなに澄んでいたろうか。 「・・・ま、待ってて。 水持ってくるね。」 オウジを、ボックス席の椅子に座らせ オンナはカウンターへ歩いた。 小さな胸が、ふと 得も言われぬ淋しさに襲われる。 店中を漂うマリファナの煙。 慣れっこになった 大音量のドラムの振動が 今日は腹をえぐるように感じられた。 オンナが勝手知ったる店のカウンターの中に入り、 製氷機から 氷をグラスに入れて 水道水を注ぎこもうとした、その時である。 店のロゴが印刷されたコースターやら、マッチやら 誰かの読みかけの雑誌なんぞで散らかった 棚の一番下の段に 無造作に置かれた 桜色のセーターが見えた。 たしか、あのオトコが初めてこの店に来た時に 脱ぎ捨てていったモノである。 「・・・・・」 金髪ショートのオンナは、オウジのところまで戻ると 黙ったまま水を差しだした。 「ああ・・ 悪りぃ・・」 オウジが少し恥ずかしそうに受け取る。 コクコクと水を飲み干す、その無防備な仕草。 オンナは彼をじっと見つめた。 あの晩、胸の傷みを寄せ合い 虚無の中でわずかに残る体温を分かち合った、あのオトコではない。 彼の中で 何かが変わってしまったのだ。 「コレっ・・・。」 オンナが、セーターをオウジに向かって放り投げた。 「 ・・ えっ ・・?」 「アンタんだろ? 」 「・・・」 オウジは黙って 自分の膝の上に乗っかっている桜色を見つめた。 こんなところにあったのか。 いったいなんで、このオンナが今頃・・。 ぼんやりと動かないオウジに、シビレを切らした金髪ショートが オウジの体から、これまたダサいダッフルコートを脱がせ キヨポンセレクトのメイシーズで購入したセーターをも引っぺがす。 「 うゎ な、何すんだよ っ・・ 」 そして桜色のセーターを無理やりかぶせた。 「やだ、ダッサイのっ!」 オンナはケラケラ笑い飛ばすと、オウジの手を 今度はゆっくり引いて立ち上がらせ、そのまま歩きだした。 「え・・ ? お、おいっ ドコに・・」 ようやく目が覚めてきたオウジを連れて、 オンナは黒い爪の手を伸ばし 出口の鉄の扉を開いた。 店の外には、コンクリートの狭い階段が 地上に向かって伸びている。 左右の壁にベタベタと張られたポスターと、 素人くさいラク書きが 今夜もハダカ電球に照らされて、 地下1階のそこから見上げる外の景色は、夜明け前だった。 たちまち、氷点下の空気が2人を包む。 朝日を迎えようとしている1番寒い時間帯だ。 オンナはコンクリートの階段の先に四角く切り取られた、 白みつつある空を見上げる。 「・・・」 たった10数段の階段の上にある夜明けが、 彼女にはとてつもなく遠かった。 「帰んな。」 ぶっきらぼうに 彼女は言った。 「ココは、アンタの居る場所じゃないよ」 「・・・・」 オウジを見つめる、そうとうラリっているハズだった彼女の 目は今、切なくなるほどに覚めていた。 「アンタはまだ上に戻れるよ ・・ わかるでしょ?」 そう言ったオンナの、まくり上げたシャツの腕に いくつも残っている注射器の針の跡が痛々しく、 オウジの胸がキュウッと詰まる。 「・・オマエは・・? どうすんだよ」 悲しい女を見ると、放っておけない。 好きになる前に手が出てしまう、オウジに染みついた悪癖なのだ。 オンナは首を横に振った。 「アタシは、ココにいる。」 何も持っていないから、と言わんばかりの 空っぽの瞳が答える。 そして突然、キャハハッと 調子ッパズレな大声を出した。 「そのセーター、全っっ然アンタに似合わない! そんな似合わないモン着てんだから、 アンタの大事な人のチョイスなんでしょ?」 「・・・え っ」 「それ着て、帰んなよね」 彼女はクルリと背を向け、ドアの中へ戻ろうとした。 オウジがその腕をつかむ。 そして彼女を引き寄せると、 一度だけその紅い唇に キスをした。 金髪ショートのオンナは哀しく笑ってオウジを見上げると、 するりと身を返し ドアの中へ消えていった。 ありがとうも サヨナラも  愛してるも無い別れ。 オウジが地上を見上げると、 昇ってきた太陽から放たれた光が 四角く切りとられた空を 白銀に染めていた。 ーーーーーーーーーーーーEND
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!