3人が本棚に入れています
本棚に追加
あらゆる煩悩から解放される事を、理想的な人間に至る道と考える者がいる
その理想的な人間を時として悟り、解脱、仙人……場合によっては聖人とさえ呼ぶだろう
だけど、俺にとって……煩悩の解放とは
『諦め』の延長のように思える。
人間と言う存在から己を律することで欲望という肉を削ぎ落とすか?
最初から肉が備わっていなかったのか?
俺はどれでもない。
ただ、運命に流されるまま、望まぬままに俺から肉は勝手に腐り墜ちていった
首から下は満足に動かない。舌の感覚は鈍くなり、片目に映る世界に色彩はない。
この身体は長く生きられない。
病院の個室で天井を見上げながら終わりはいつ来るのだろうかと、何時間も、何日も、何ヵ月も何年も他人事のように考える
何も出来ない事を受け入れてしまえば、俺にまとわりついていた欲が渇いて、粉微塵になって飛んで行くのはあっという間だった。
だから、俺にとって悟りとは──諦めだ
悟っているのに光差さぬ、暗闇の中にいるという矛盾に馬鹿らしくなりながら……俺は何時ものように終わりの刻を待つ。
………誰だろう
深夜、あり得ぬ時間に聞こえた誰かの足音に疑問を抱き瞼を開いた。
まだ辛うじて仕事が出来る片目に最初に飛び込む月光が妙に心をざわめかせる。
「……ふ、ぅ……!」
ざわめきは、一呼吸と共に消えた。
誰であろうと何であろうと俺は何も出来ないのだから無駄な感覚でしかなかったのに。
「っ……ぁ…………」
深呼吸がいけなかったのか、呼吸のリズムが戻らない
吸い込む事を喉は忘れた。
生きる事を身体は放棄した…….。
「ぁ…………」
今夜が自分の命日か。
穏やかにその時を受け入れながら最後に見る満月の明かり……
「………あぁ………」
まるで俺の終わりと重ねるように、雲が月を覆う。
あらゆる光に見捨てられて終わる、か。
いいさ……それはそれで綺麗な、終わ……。
…………。
……。
。
最初のコメントを投稿しよう!