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side─D
「………」
ゆっくりと覚醒する意識、瞼を開き周囲を見回す。
先程は立て込んでて忘れていたが、病院特有の匂いのしない、ありふれた外の空気が新鮮で思わず深呼吸していた。
頭に酸素が回り、自分の意識が途切れるまで何をしていたのかを思い出す。
「……獣、か」
うっすらではあるが、天使にかけられた言葉を思い出す。
獣のように暴れる自分。それを討たんとする天使、何かの掛け声と共に姿を変えて乱入してきた何者か
「っ……クロエさん!」
そしてかろうじて彼女を連れて逃げ去ったのだと理解した瞬間、辺りを見回すと草原の上に彼女は倒れていた。
僅かに聞こえる寝息に安堵する。
「……これからどうしようか?」
俺達は橋の下で倒れていた。
獣のように逃げ続け、ここまで来た所で限界を迎えて眠ってしまったようだ。
病院に戻ればウリエルと名乗る天使と再び邂逅する……。
だが、お金も持っていない患者服の男がこんな幼子を連れていては目立つし匿って貰えもしない……。
病院に戻って、ウリエルを追い返せれば……
「……また、ああはなりたくないし、君に見せたくないよね」
先程までの獣に戻った自分を思い返す。
次ああなれば、間違いなく俺は殺される。そしてクロエさんも殺される。
「……やれやれ。今さら何を恐れるか。
ならば己に必要な事を考えるだけ、です」
少し鳥肌がたったが、自分は今までの方が死と向き合い付き合って来たことを思い出すと、僅かに思考がクリアになった。
さっきのままじゃ同じ事の繰り返しだ……あれはきっと失敗だった。
その証拠に、記憶の混雑の中で老天使の叱り声が入り雑じっている。
「……叱られるのは久しぶり、いや……怒ってくれた人はいたかな?」
不思議と悪い感じはなく、思い出せば昨日彼女も俺を怒っていたのを思い出す。
「……悪魔、か」
彼女の頬をそっと撫でて泥を指で拭く。
悪魔、呪い……きっと人にとって毒のようなものなのだろう。
だから俺は………
「……まだ、息はあるか?」
「……貴方は誰、ですか……?」
後方より聞こえた声に振り向くと、『先程まで戦った天使によく似た何者か』が川を横断して此方に近づいて来ていた。
「く、くく……ああ、すまない。
情けなくも改めて名乗らせて貰おうか」
次の瞬間、声の主の腰巻きが広がり漆黒の翼が姿を現した。
「ウリエル、──堕天使、ウリエルだ」
鎧に宿った聖なる輝きは失われ、ヒビの入った鎧の底から覗く瞳は血のように赤く輝く。
先程までの天使だと脳が認識を拒否仕掛けたが、その声、その見てくれの名残は間違いなく彼だった。
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