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「……ねえ。
そこの、今にも死にそうな哀れなアナタ?」
鈴のような声、落ちたはずの意識がその音を自分に向けられた声と認識して呼び戻された。
「……ぁ……?」
忘れていた呼吸を身体が思い出す。
永久に覆われた筈の瞼をうっすらと開く。
不思議だった。
何もかも抜け落ちた筈の身体は、中に新たな芯を射し込まれたかのようだ。
自分の存在が此処に在ることを認識し、
感じない筈の心臓に何かが置かれている感触まであった。
「……君、は……?」
視線の先では、誰かが椅子に座って俺の胸に手を充てていた。
容姿は薄暗くて見えない。
けど、暗闇で妖しく光る赤い瞳は彼女が只の人間では無いことを物語っていた。
「私?アナタ達人間の言うところの 『悪魔』
死に行くアナタ、アナタと契約してあげようっていう、とても……良心的な悪魔」
悪魔、ね……。
確かに彼女の瞳も、胸から伝わる感覚も非日常的ではある。
けど、低く低く囁く声に不思議と恐怖は感じず……心のどこかでがっかりする自分がいることに驚いた。
「契約、ですか……?」
「ええ……ベタですが、私はアナタの望みを叶えましょう。
そしてアナタは私の望みを叶える、そんな単純かつ素敵な契約をアナタにプレゼントします」
確かに、ベタな話だ。昔母が読んでくれた物語にそんな話があったような気がする……。
「どんな願いも、ですか?」
「…………、私の出来る範囲なら何でも」
僅かな沈黙……裏があるのか、単純に大した力がないのか。
願い、か……。
何とも急な話だけど、今にも死にそうな人間の身だ。せっかくなので真面目に考えてみよう。
悪魔に魂を売ってまで叶える望み……
そもそも、寝たきりだけど一応俺は神社の神主の息子だったりする訳で、こんな話に乗ること自体色々と問題がある気が……
「じゃあ、一つ頼まれてはくれませんか?」
「勿論」
どうせもう死ぬ身なので、聖職云々は置いておこう。
暗闇で見えないが恐らく彼女は笑みを浮かべて俺の言葉を今か今かと待っているのだろうな……
「俺の頼みは─────」
俺には不可能な望み、ダメ元ではあったがせっかくなので彼女に期待半分で伝えてみた。
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