星を回収せよ

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「“泣き声”が大きくなってきました」 「そうか」 ー……ー ー…………ー 「先輩は、聞こえないんですよね?」 「ああ、俺はからだを張るのが専門だからな。そんな“資質”はないよ」  私が入ってくる前は、前室長が現場に出ていた。  現場にでる前室長の最後のパートナーを勤めたのがこの先輩だ。前室長は私が入ってくると前線を退き、室長としての仕事と、同じ“資質”をもつ者同士として、仕事や生き方について教えてくれたのだ。  私にとってこの“資質”は、生きることを難しくする特性でしかなかった。ただ私自身に苦痛を与えるだけの存在であった。  声が聞こえる。  この言葉だけで私はたちまち親兄弟からも異常者扱いを受けた。家族からでさえそんな扱いなのだ、他人に至っては正常に異常者扱いを受けたものだ。  全寮制の学校を勧められたのは、きっとこんな気持ちの悪い子どもを遠ざけるためだったのだろうと、当時から容易に想像していた。  友だちをつくることができなかった私は、いじめでも何でもなく自然と空気のような存在になっていった。ちゃんとわかっていた、みんながわざと無視しているのではなく、私が自ら望んで空気になったことを。 高校三年の受験生になり、私が電話口で大学受験の話を始めたときは、母親が渋い声でうんうんと唸っていた。急に父親に代わって志望校を訊かれ、実家から遠くて一人暮らしを余儀なくされるような大学名ばかりを言ってみると、大学まではお金を出すからとだけ言われた。  一応、そこまでは面倒見てくれるのかと、それだけで安堵する自分が悲しかった。  大学生になっても私には友だちは居なかったし、積極的につくる気にもならなかった。  なるべく人と接することのないアルバイトをして、ゼミもグループワーク少なめのところを選んだ。部活やサークルにはもちろん入らなかった。  それからみんなと同じように安定しているからという安易な考えで公務員試験を受けて見事に落ちた。  一般企業を対象とする就職活動はろくにしていなかったので大学卒業後、私は細々とアルバイトで生き繋いだ。  今の仕事に就くことができたのは全くの偶然だし、前室長の計らいあってのことだ。  前室長には、私は感謝してもしきれない。 「なあ、あれか?」 「ああ、あれですね」  先輩の声に目の前の仕事に意識が戻る。  前室長のためにも、私は目の前の仕事に励むしかないのだ。
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