2人が本棚に入れています
本棚に追加
報告書類をはじめとする後始末関係は、先輩が全てやってくれる。だから私の今日の仕事はこれで終わりだ。
それでも私が一度戻るのは、左腕についた血を洗い流して、汚れた服を専属のクリーニング屋に出すためだ。
さすがにこんな姿では街中を歩くことはできない。
血を落としてより一層見えやすくなった左腕の痣を眺める。
前室長にも、同じような痣があった。
「何なんだろうな、本当に」
私はただの公務員で、お役所勤めで、与えられた職務を全うするだけだ。
何度でもそう言い聞かせる。
私たちの仕事は、“落とし子”の回収と管理だと聞いている。この仕事にどんな意味や意義があるのかは正直わからない。
ただ偶然に出会えた前室長に促されるままに、この仕事に就いてしまっただけなのだ。
「まだ残ってたのか」
「爪の間に入った血って、落ちにくいんですよね」
「マニキュアも何もしないだろ、切ってしまえばいいのに」
確かに。先輩の言葉は一理あった。
「今日はかなりの残業だったからな、俺の奢りで飯でもいくか?」
「先輩がそんなこと言うなんて珍しい。槍でも降りそうなんでやめておきます」
「そうか、じゃあな。俺は先に帰る」
先輩はそう言うと、あっさりと帰ってしまった。
私は一先ず、地下に設けられたこの射撃訓練所に向かった。
コンクリート色の壁から感じる視覚的な冷たさや、執拗なまでに施された防音設備、そして何より自らが撃った銃の音が、色々なものを書き消してくれるように感じるから。
私にとってこの世界は、雑音が多すぎる。
ー……ー
ー……ー
それは“泣き声”として認識するには遠すぎる声。
私はこの声にずっと悩まされている。そして悩んでいるのは私だけだと思っていた。
同じ悩みを共有できた前室長はもういない。
やっぱり、私だけだ。
「やっぱりここか」
「あれ、先輩……帰ったんじゃ……」
「俺の奢りだ、飯に行くぞ」
今度は私に選択肢はなかった。
仕方がないので、一緒にごはんに行ってあげることにした。
最初のコメントを投稿しよう!