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リアル
リンゴンと電車の発着音が鳴る。昨日の余韻を引き摺りながら私は電車に乗り込んだ。職場まで約三十分。人いきれがいつもより深いに思えるのは昨日、甘いバニラの香りを嗅ぎ続けたせいかしら。
昨日、原宿の路上でキスをされた。この時ほど都会の無関心がありがたいと思った事はない。チラチラと視線は感じたけれども。それよりも五月蠅いのは早鐘のように鳴る自分の心臓だった。
「かのん君っ」
「へへへ、びっくりした?」
まったく悪びれないかのん君。今日はヒールを履いているので私より高い目線が金色に揺れている。
「長田さん! 聞いてる?」
「えあっ」
気が付けばかのん君ではなく、職場の主任が不機嫌そうにこちらを睨み付けていた。いけない、もうとっくに会社に着いて仕事が始まっているというのにぼんやりしてしまっていた。
「じゃ、このデータまとめたら私の方に回して。チェックするから」
「はい」
「しっかりしてよ」
ふう、お小言を戴いてしまった。昨日の強烈な体験から急に現実に戻るのは難しい。いや、あれも現実なんだけどさ。とにかく一応社会人なんだからちゃんと切り替えしなくちゃ。
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