前編

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「お帰りなさい」  帰宅してドアを開けると、朝食のいい匂いと伊織のあたたかな微笑みが迎えた。  たちまちバイトの疲れが吹き飛ぶ。辛いことや悔しいことがあっても、すべて帳消しになる。  だから俺は彼女に対して、1パーセントたりとも作り物でない笑顔を向けることができた。 「ただいま。この匂い、食欲そそる」 「すぐできるよ。ちょっとだけ待って」 「分かった」  靴を脱いでキッチンに上がり、部屋へ向かう。彼女の後ろを通りかけて立ち止まり、エプロン姿を抱きしめた。  伊織はおたまを持ったまま、ビックリして固まる。 「……お味噌汁、よそえないよ」 「それは困るな。おあずけなんて」  すると彼女がコホコホと小さく咳き込んだ。俺はあわてて腕をほどき、一歩下がった。 「ごめん、酒臭いよな。煙草の匂いも」 「大丈夫。涼くんがお仕事がんばったって証だから」  苦手なくせして、健気に笑ってくれる。そんなふうに受け入れられると、俺はどこまでも甘えてしまいそうだ。 「そのぶん、家のことは伊織に頼ってるし。いつもありがとうな」 「涼くんがいろいろフォローしてくれるから、ちっとも大変じゃないよ」
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