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「お帰りなさい」
帰宅してドアを開けると、朝食のいい匂いと伊織のあたたかな微笑みが迎えた。
たちまちバイトの疲れが吹き飛ぶ。辛いことや悔しいことがあっても、すべて帳消しになる。
だから俺は彼女に対して、1パーセントたりとも作り物でない笑顔を向けることができた。
「ただいま。この匂い、食欲そそる」
「すぐできるよ。ちょっとだけ待って」
「分かった」
靴を脱いでキッチンに上がり、部屋へ向かう。彼女の後ろを通りかけて立ち止まり、エプロン姿を抱きしめた。
伊織はおたまを持ったまま、ビックリして固まる。
「……お味噌汁、よそえないよ」
「それは困るな。おあずけなんて」
すると彼女がコホコホと小さく咳き込んだ。俺はあわてて腕をほどき、一歩下がった。
「ごめん、酒臭いよな。煙草の匂いも」
「大丈夫。涼くんがお仕事がんばったって証だから」
苦手なくせして、健気に笑ってくれる。そんなふうに受け入れられると、俺はどこまでも甘えてしまいそうだ。
「そのぶん、家のことは伊織に頼ってるし。いつもありがとうな」
「涼くんがいろいろフォローしてくれるから、ちっとも大変じゃないよ」
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