前編

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「そっか、良かった」  俺がホッとしたところに、伊織が近づいてこちらの袖を引く。かがんでやると、頬にキスしてきた。 「今日もお疲れさま。眠る前に、朝ごはんしっかり食べてね」  そんなの、頼まれなくたって片端から平らげるつもりだ。 * * *  二人で朝食を済ませたあと、俺はシャワーで汗を流した。部屋に戻ってくると、伊織は俺のジャケットをハンガーに掛け、匂い取りのスプレーを吹き付けて、ブラシをかけていた。 「悪い、ほったらかしてた」 「ううん。手が空いたから」  伊織はいつも、手間を手間とも思わない様子で助けてくれる。あまりにさりげなくて、そのありがたみをうっかり忘れてしまいそうだ。  ずっとそばにいてほしいから、彼女の存在を当たり前だなんて思いたくない。 「助かるよ」 「どうしたしまして」  ジャケットの手入れを終えた伊織は、キッチンで水差しを用意し、ベランダに置いてある鉢を潤わせていく。  俺が一人暮らしをしていたころにはなかった生活感が、彼女が来たことで、いつの間にか根付いていた。
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