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俺は濡れた髪を適当に乾かし、ソファーに座って、眠気を感じつつベランダの伊織を眺めた。
聖女というものが存在するなら、彼女は間違いなくそれだ。まぶしくて、あたたかくて、俺は不意にあふれそうな感情をこらえる。
伊織がベランダから戻ってきた。
俺はたぶん、『待て』と命じられた犬のような顔をしていたのだろう。彼女はやさしく微笑んで、水差しを棚に置き、こちらの隣に腰掛けた。
俺は相手の膝に頭を乗せて、そばの存在を見上げた。伊織の手が、慈しむようにこちらの頭を撫でる。
そうされると、自分の居場所を知ることができる。ここが帰るべきところだと、許されている気持ちになるのだ。
「伊織にこうしてもらうために、がんばってる気がする。バイトや夢で挫けそうになっても、『大丈夫』って言われてるみたいだ。だからまた立ち向かえる」
伊織はビックリした顔になり、それから苦笑を浮かべた。
「涼くんって感激屋さんだね。そういうふうにきちんと感謝できるのは、とても素敵なところだよ。私はべつに、たいしたことはしてないから」
ときどき、彼女の謙虚さにもどかしくなる。
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