前編

5/7
前へ
/14ページ
次へ
 伊織が俺のそばにいてくれる奇跡を、どうすれば伝えられるのだろう? 満たされた心が暖色に染まっている事実を、うまく言葉にできればいいのに。 「俺にとっては、伊織の与えてくれるひとつひとつに意味があるんだ」 「涼くん……」 「ほかのやつじゃ、ダメなんだ」  まっすぐ見つめると、伊織は困ったように視線を逸らした。横顔を向けたまま、無理に笑みを浮かべてみせる。 「えっと……そうだね。膝枕の柔らかさには自信があるかも。こういうときだけは、太ってて良かったなって思う」  俺は素早く上半身を起こした。  逃げようとする伊織の手首をつかむ。俺が怒った顔をしていることに、彼女は怖気づいた。 「何回も言ったよな? ふっくらしてるのと太ってるのは違うって」 「……どっちにしても、痩せてはいないよね」 「細いの、俺は好きじゃないし」 「涼くん、変わってる」 「同意見のやつ、けっこういるけどな」 「やっぱり……釣り合いっていうものがあるでしょ」  拒絶されたようでショックだった。 「一緒に暮らして何ヶ月もたってるのに、まだ安心できないのか?」 「だって、私のせいで涼くんが笑われたら……辛いから」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

112人が本棚に入れています
本棚に追加