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伊織が泣きそうな顔をしている。俺は大きくなりかけた声を、すんででとどめた。
「他人の意見が、俺たちの関係より大事だって?」
「違う。あなたのことが大切なの」
彼女がハッキリ告げる。それが揺るぎない気持ちであることが伝わってきた。
「だったら自分をけなすなよ。お前にそばにいてほしいし、笑っててほしい。こうして二人でいることが、俺らしさなんだ」
「涼くん……」
「俺のこと、みんな変わったって言うよ。一緒に暮らしだしてから、桧山が遊びにきただろ? あいつも驚いてた。『この部屋が人の住む空間になった』って。昔の俺は、なにが足りないかも分からなかった」
伊織が言葉に詰まった様子でうつむいた。
「遊び仲間は、つまらなくなったって離れていった。でも俺は、あのころのほうがくだらなかったと思う。今の自分が気に入ってる」
「……うん」
彼女はしっかりうなずいた。
「こんなふうになれたのが誰のおかげか、分かるだろ?」
「私はとりたててなにも……」
「お前にとっては取るに足りないことかもな。でも俺にとっては、そうじゃなかった」
伊織は黙り込んでしまう。俺は相手の太ももを眺めた。
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