112人が本棚に入れています
本棚に追加
伊織が感情をこらえるように目を細めた。俺は、相手の頬をそっと撫でる。
「お前は大人しくて控えめだもんな。不釣合いなのは俺だ。髪を黒くして派手な格好をやめても、真面目で誠実な男には程遠くてさ。ほんと情けない」
「そんなことないよ。涼くんはすごく努力してる」
俺は彼女に笑いかけた。
「伊織がそう思ってくれるだけで充分だ。見かけで判断するやつに、俺たちのなにが分かる。そんな人間の言葉に、耳を傾ける価値なんてない」
「……うん」
伊織が潤んだ瞳でうなずいた。肩までのサラサラな髪の毛に、俺は指を絡める。
「お前は、俺にはもったいない」
「そんな……」
「俺より幸せにしてやれるやつがいるんじゃないか、って思う」
伊織が懸命にかぶりを振る。いつも彼女は、俺を否定しない。
「でも俺は、伊織を望んでしまった。こうしてお前のやさしさを独り占めしてる」
俺は相手を抱き寄せた。伊織が大人しく身を任せる。俺は安らぎに包まれる。
「伊織の選択肢を狭めたのかもしれない。けれど、もうお前といない自分を想像することができないんだ。わがままだと思う。それでも……」
最初のコメントを投稿しよう!