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僕の手にも傘が握られていたので手元ろくろを上げる。
真っ黒な傘地がブワッと目の前に広がって、三人家族が視界から消えた。傘を頭の上に持っていくと、またあの三人家族が見えた。まだ三人とも傘をさしていない。それどころか、雨なんか降っていないような涼しい顔で。その顔も雨に濡れていなかった。
次第に辺りが暗くなって来て、商店街の人々がシルエットに変わってきた。商店街に灯りは無く、足元を見ると、黒い地面と黒い自分の足が同化して見えた。周りから見たら僕もシルエットに見えるのだろう。
シルエットの人々は微動だにせず、僕もまた動いていなかった。あの家族だけがどんどんと先に歩いて行ってしまう。暗闇の中で彼女達だけが動いていた。
強い風が吹いて、体が急に冷たくなる。雨に濡れたかもしれない。全身の感覚はぼんやりとしていて、まるで手応えがなかった。
それでも足を前に出すと進んでいる感覚があった。周囲は真っ暗で、人々の影も建物すら見えない。右左も上下も分からなかったが、目の前の家族だけははっきりと見えていて、ちゃんと彼達と同じ地面を歩いていると認識できた。
追い付こうと歩調を速めた時、父親がいなくなっていることに気が付いた。驚いて少年を見た。しかし彼の顔には困惑や寂しさの表情は無く、むしろ嬉々としているように思えた。
母親もまた楽しそうに息子と会話をしていて、うっすらと声が聞こえてきた。その声は彼達に近付くほどに大きくなってきて、そういえば、僕の名前を呼んだ時の父親の声はどんなだったかなと疑問に思った。
父親は元から僕と手を繋いでなんかいなかったのではないか。
パパは僕の名前を呼んで頭を撫でていないのではないか。
そういえば、これは夢だったのだ。単なる妄想の可能性だってある。パパは元々僕と手を繋いでいなかった。僕もついこの間ママの手を離して……。
暗闇の中、一人ぼっちで佇んでいた。
光と呼べるものは無く、目を開けているかどうか分からないほどに真っ暗だった。けれど、時々針で刺されたような痛みがあって、全身が熱を帯びていた。その痛みが、この何もない世界で僕の存在を証明してくれているように思えて、僅かながらの安心感が生まれた。
不意に胸が苦しくなって、手を胸に当てた時に自分の左手がはっきりと見えた。そしてその手には何も握られていないことに気付いた。
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