花月想《かげつそう》

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花月想《かげつそう》

 高く広がる青空の下、春の風に乗って、舞い踊るように降ってくる桜が、雨花(うか)の鼻先を何度も掠めていく。  高校を卒業したのは、僅か一ヶ月前。  なのに、校門や桜の間から覗く校舎は、既に懐かしくさえある。それだけ、通った日々は濃密だったということだろう。特に、学校寮に入っていた雨花にとっては、尚更のことだった。  ふと、雨花の心に、苦しいほどの思いと、思い出すだけで、泣きたくなるほど恋しい(ひと)の姿が浮かんだ。  好きだった。彼が。  花霞の中、雨花は白昼夢を見る。 (好きなんだ……蓮。――ごめんな)     * * * *  蓮こと茶谷寺(さやじ)(れん)と初めて言葉を交わしたのは、高校入学後、少し経ってからの事だった。 「槻弓(つきゆみ)、どのクラブにするか決めた?」  見るとは無しに、天文部の発表掲示板を見上げていると、落ち着いた声で問い掛けられた。  振り向いたそこには、長身の男が、温和そうな微笑で立っていた。 (茶谷寺だ)  思わず、見とれてしまうくらいの温かな笑顔に、同じクラスでなければ、上級生と間違えてしまいそうなほどの、落ち着いた雰囲気。入学早々、噂になったその顔は〝イケメン〟と言うよりも、精悍さから〝男前〟と言う方がしっくりと馴染む。醸し出す雰囲気そのままに、性格は親しみやすく、人当たりも良い。  それは見事に、雨花の好みド真ン中。  雨花は、異性に恋愛感情を抱けないタイプで、好きになるのは何時も、異性との恋愛を当たり前だと思っている男ばかりだった。 「ごめん。驚かせたな。あんまり熱心に、掲示板見てるから、入部希望かと思って」  照れながら、ポリポリと頭を掻いている彼が、気まずそうに口を開いた。 「いや、ぼんやりしていただけだから……」  本当は違う。  高校に入学して、二ヶ月。クラスの殆どが、体験入部を終え、それぞれの部に所属している。そんな中、雨花はどの部にも所属せず、帰宅部を通していたが、茶谷寺がこの部に居ると知り、興味を持つまま、ここまで足を運んで来たのだった。
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