花月想《かげつそう》

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「ほら、蓮くんってば。行かないの」  横で松林がキャンキャン鳴いている。 (煩い。これだから)  溜息を吐きたくなった時、視線を感じた。 「十六夜」  ボソリと呟かれた言葉に再び、茶谷寺を見た。 「何それ。何のこと」  言葉の意味も分からず、松林が難しそうな顔で、茶谷寺を見上げている。 「ほらな。普通の反応は、大抵こんなだ」  松林が、自分の分からない話をされていることに顔を顰めている。 「何に躊躇ってるのかは知らないけど、早く行けよ」  暗に、〝十六夜〟の答えを教えながら、茶谷寺に向かって、眉を寄せてみる。 「オレの為に練習時間が減ってるなんて、言われ続けるのはゴメンだ。大丈夫。明日からは、一人でも天文部に顔を出す」  今度は笑って言ってやると、頷いた茶谷寺の顔に安堵の色が広がった。  松林に「行くぞ」と声を掛け、走り出しかけて茶谷寺が振り向いた。  本当に、十六夜だ。 「強引に引き摺り込んで、悪かったな」  松林は、先に走り出していて、茶谷寺が来ていない事に気付くと、二人の声が聞こえ無い程先で止まり、こっちを見ている。 「でも槻弓が読んでる本とか見て、趣味が合いそうだと思ったのは本当だし、なんてゆうか、先生に頼まれなくても、俺、自分から槻弓のこと、天文部に誘ってたから」  そう言って笑うと、茶谷寺は手を差し出した。  人に握手を求められるなんて、どれくらいぶりだろう。こんなに他人と話したのも久しぶりだと、雨花が驚いてその手を見ていると、噴き出したような笑い声が聞こえてきた。 「まぁ、仲良くしようぜ」  差し出していた手で、ポンと雨花の肩を叩き、満面の笑みで「じゃ」と、その手を軽く揚げ、今度こそ走り出す。  雨花はその後ろ姿を、混乱する心で呆然と眺めていた。
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