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(ダメだ。あの出来事はまだ、数ヶ月前の事なんだぞ)
苦い記憶を呼び起こしながら、自分の心を戒める。
それでも、自分の鼓動が止められない。
自分の性格も容姿も好みの人間に出逢って、その上、相手から触合うような言葉を掛けられ、恋をするなと言われても無理な事ぐらい、雨花自身にも分かっていた。
それでも、この思いは、まだ軽い今の内に、留めて置かなければいけない。
このままでは、苦しい思いを繰り返すだけだ。
周りを傷つけて。
自分も傷ついて。
そんな思いを繰り返すだけだ。
「もう、苦しいのは、嫌だ……」
独り呟いた悲しい言葉は、無常なほど煌めいた夕日の射し込む廊下に、零れて砕けた。
茶谷寺の言葉通り、趣味も気も合った二人は、夏休みが来る頃には、最初のきっかけなんて忘れてしまうほど、気の置けない仲になっていた。
二つのクラブを掛け持ちしている茶谷寺は、互いの部の夏合宿が、ズレたことを心底喜び、
何度も、「本当に楽しみだ」と雨花に語った。
天文部恒例の天体観測合宿は、寮の空き部屋に寝泊りしながら行われる。
「俺、槻弓の部屋で寝るわ」
茶谷寺がとんでもない事を言い出したのは、合宿当日の夜、荷物を運び込んだ時だった。いきなりの申し出に、雨花は目を瞠るばかりで、言葉も出ない。
「わざわざ使って無い部屋汚すより、友達の部屋があるなら、そこで良いだろ」
本当に茶谷寺の行動は、いつも心臓に悪いと、雨花は内心で頭を抱える。
蓋をしても蓋をしても、その隙間を狙って、雨花の心の中を掻き混ぜ、淡い思いにスパイスを加えていく。
「オレの部屋なら汚しても良いのかよ」
踊る鼓動を押さえつつ、雨花は不満そうな顔をして見せる。
「違うって。整頓され過ぎた部屋よりも、槻弓の部屋で喋ってる方が落ち着くって話」
(もう。本当に性質が悪い)
一緒に居て落ち着くと言われ、嬉しくないはずがない。心臓は早鐘を打ち、雨花の胸を痛めつける。
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