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(78.)
愛のある我が家に到着した一同は、それぞれ別々のことを行い始めた。
僕は早速薬を飲むなり、裕璃にタオルをかけてソファーに寝かせた。
沙鳥は異能力者保護団体に連絡を取り次ぎ、今回の件で愛のある我が家に僕と裕璃が加わったことを連絡しているらしい。電話が長引いていたのは、裕璃や僕を無造作に愛のある我が家に入団させたことなのか、それとも……一度異能力者保護団体に属した僕が一月も経たずに共闘側とも敵対側ともいえる犯罪者集団ーー愛のある我が家に属したことで揉めているのか。それは会話内容からではわからない。
「刀子さん、いったいあの男となにがあったの?」
裕璃に付き添いながら、舞香と刀子さんの話に聞き耳を立てる。
「あいつが以前に説明した善河誠一郎だ」
「あの、刀子さんですら手を焼くっていう男かしら?」
「ああ、そうだ。あの場ではおまえたちに有利に働いたかもしれないが、これからはおまえたちにも害が及ぶぞ」
刀子が言うには、善河の目的は刀子さん自身の殺害および愛のある我が家リーダー沙鳥の処分だという。沙鳥を殺害するということは、愛のある我が家に所属するメンバー全員に命の危険があるということだ。
「で、これからどうするつもりなの? 私たちにまで被害が及ぶっていうのなら、無視できない存在だけど」
「ああ、私が提案するのはーー善河誠一郎の殺害だ」
刀子さんが提案したのは、愛のある我が家と刀子さんやありすの力を借りて共闘し善河誠一郎を討伐することだという。
「ありすさんと二人がかりでも倒しきれなかったということは相当お強いんですね」
電話を終えた沙鳥が口を挟む。
「ああ。しかも神出鬼没な奴でな。まさかあの場に現れるとは思わなかった。どこかに引き寄せられれば狙撃で倒せない相手でもないが、真正面からぶつかりあえば、勝てるかどうか五分五分だ」
「ですが、愛のある我が家では、これから別の行動をしなければなりません」沙鳥は説明を加える。「朱音さんと瑠奈さん、赤羽さんと豊花さんは裕璃さんが目を覚ましたら事情を説明して、異世界にしばらく身を隠してもらうよう説得してください。異世界の知識がある朱音さんと瑠奈さんを共にし、赤羽さんと豊花さんは裕璃さんに詳しいとのこと。裕璃さんが起きたら説得して、裕璃さんを護衛しながら朱音さんが異世界転移に使っているアパートへと向かってください」
沙鳥は長々と説明を終え、残りのメンバーで打倒善河の策を講じる。
「澄さんが帰宅したら教育部併設異能力者研究所に赴き、まずはゆきさんの救出をしていただきます。そのときまで善河という男性がいるとは考えられませんが、危害を加えられたら、いくら澄さんとはいえ反撃するでしょう」とはいえ、と沙鳥はつづけた。「もしも善河さんがいたとしても、澄さんは相手の顔を知りません。相手を殺さずゆきさんの救出に赴いてもらいますから」
で、と沙鳥はさらに説明する。
沙鳥、舞香、刀子さん、ありすは善河誠一郎の始末をするという。いくら強かろうと、ありすと刀子さん二人で同等の力なら、舞香さんが居れば九分九厘勝てるだろうという考えだった。
今回一番命を狙われている沙鳥は、舞香たちに混ざっていたほうが安全だと考えたのだろう。
なんなら異世界に行けばいいのに……という考えが頭を過ったが、それを読心したのか、沙鳥は「リーダーがこちらにいなくてどうなさるおつもりですか?」と一蹴されてしまった。
「気になるんですが、澄……さんとやらはひとりで大丈夫なんですか?」
「それは心配に及びません」「それは大丈夫でしょうね」
「あいつは化け物だ。デウス・エクス・マキナのような存在だ。気にするだけ無駄さ」「ぼくの異世界にいる操霊術師より強い子だから平気だよ」「心配症だねー豊花は」「師匠が逆立ちしても勝てない存在だし大丈夫」
沙鳥、舞香、刀子さん、朱音、瑠奈、ありすにまとめて否定された。
どれだけの強さを誇っているんだ……澄とやらは。
「澄さんは帰り次第すぐさまゆきさんを助けに行くでしょう。もしも澄さんやゆきさんが帰宅なされたら、それだけでこちらの負けはなくなります」と、沙鳥は付け足しつづけた。「澄さんは確実にゆきさんを連れて帰ってきます。向こうにも、なるべく反抗しないように連絡しておきました。刀子さんが向こうにいない今、無駄な抵抗をするかもしれませんが、問題ありません。澄さんは本気になれば……」
本気になれば……ってつづきが気になるじゃないか。
と、玄関の開ける音が聴こえた。
「あら、澄さん。お早い帰宅ですね」
そこから、10歳にも見える和服の童女ーー澄が入ってきた。
「……ゆきがいないようじゃが、お主らまたなにかしでかしたのか?」
沙鳥は端的に現状を澄に伝えた。
説明を訊いた澄は、少し訝しげな表情を浮かべた。
「ゆきが自らの意志で裕璃とやらを助けに行った末、捕まったんだな? そもそも裕璃を助けたのはなぜじゃ?」
「味方を助けるのは当然でしょう?」
沙鳥は優雅にハーブティーを口に含む。
「……沙鳥、お主が昔」澄は疑問を口にする。「性処理玩具として売られ醜い男どもに犯され続けたのちに棄てられたこと、それに同情したのではないよな?」
澄は初耳の情報を沙鳥に念を押す。
沙鳥はハーブティーをテーブルに置き、しばらく沈黙したのち口を開いた。
「あの問題はあらかた自身のなかで決着がつきました。舞香さんに助けられたのち、私は私を売った両親への復讐は終えました。ですから、今回の件に私情は交えません」
「それなら構わぬが……」
沙鳥は気にしていない様子ではなかった。
明らかに表情を曇らせている。過去の苦い記憶を思い出したのか、苦虫を噛み砕いたかのような顔色を浮かべている。
しかし、首を振り普段の真顔に近い表情に戻った。
「関係あるにせよ関係ないにせよ、貴女はゆきさんを助けに行くのですか? 行かないのでしょうか?」
沙鳥は話を元に戻す。
「……まあいい。すぐに連れ帰ればいいだけの話じゃ」
「くれぐれも向こうはあなたを殺す気で来ます。が、あなたは相手を殺さないでください」
向こうに善河がいるなら別だが、おそらく既にいないと考えたのだろう。沙鳥は殺されそうになろうが殺すなと無茶ぶりを澄に託す。
「わしを誰じゃと思っている。そのていど、赤子の手を捻るのより楽に事は済むじゃろう。まあ」と澄は付け足した。「ゆきの状況次第では罰を与えるやもしれんがな」
瑠奈と違い、澄の言葉にハッタリはない。
それは以前に聞いたことがある。
もしかしたら、やろうと思えば地球全土を更地にできる化け物、それが澄なのだと考え始める自分がいた。
だって、漂わせているオーラが明らかに異なる。
「ええ、そのとおりです。ですから、くれぐれも加減してくださいね、澄さん。貴女は瑠奈さんと違い有言実行、ハッタリではないのですから」
沙鳥は僕に頷くと共に、沙鳥は再三澄に警告する。
「えー! ハッタリでなにが悪いの? さとりん?」
と瑠奈が騒ぐ。
「なら早いほうがいいじゃろう。なに、すぐに連れて帰ってくる」
澄は愛のある我が家に帰宅しながらも、すぐさま外へと舞い戻った。
澄の恐ろしさは前以て知っている。けれども、本当に大丈夫なのだろうか?
あの大人数で行った末、裕璃は助けられたものの善河というイレギュラーのおかげだ。
それをたったひとりで……しかも、相手を殺さずとの条件付き。
怖いもの見たさもあるが、なにより、異能力者ではないうえ異能力を持つ瑠奈とも性質が違う。興味だけはどうしても湧く。
ーー豊花、好奇心は猫を殺す、ともいう。あまり不可視の存在に興味を向けないほうがいいのではないか? それより、きみは目の前の出来事を気にするべきだ。ーー
目の前の出来事?
と、いつの間にか裕璃が目覚めていた。
直後ーー。
「いーーいやぁあああああああああ!!」
「裕璃! どうした裕璃!?」
起きるや否や、裕璃は突如叫びだし暴れ始めた。
それを僕と赤羽さんが止めに入る。
「裕璃! どうしたんだよ? もうあそこからは抜け出せた!」
「いやぁああああ! やめて! やめてよ! ああ、違う違う違う私は人を殺していない! 私はただ人を殺したいだけ! い、いやぁああああ違う違う違う!」
裕璃は明らかに錯乱していた。
それも単なる錯乱ではない。
自分のしでかしたこと、今までとは違う感情、受けた被害などが波のように押し寄せ発狂しているかのようであった。
たしかに殺人はした。暴走状態だってことも理解できる。
だけど、舞香さんなどはそんなに発狂してはいなかった!
ーー豊花、今彼女は異霊体との合体事故で精神が不安定だ。迂闊に近寄るな。異能力を使い始めるかもしれない。ーー
だからといって、そっとしておけるわけないだろう!
赤羽さんがそれを宥め、僕は裕璃をゆっくりと抱き止めた。
「落ち着いてくれ。もう大丈夫だから。大丈夫、教育部併設異能力者研究所からは脱した。だから落ち着いてくれ!」
「いやいやいやいやいやぁあああああ! 豊花? 豊花なら愛してくれる人を殺せば殺すだけでも痛みや苦痛はいやだいやだいやだ!」
「ちっ、おい舞香ちゃん。これをいったいどういうことだ?」
赤羽さんが舞香に問う。
代わりに僕が口を開く。
「異霊体との合体事故で一時期自己を失っていたうえ、研究材料にされた痛みや苦痛、そして、意識が一瞬戻ったときの殺人してしまった罪悪感が混じっているんだと思います」
舞香さんはおもむろにアンプルを手に取る。
「効くかわからないけど、どちらにしろ、このままじゃ異世界に連れていくことも儘ならないわ。少しチクッとするけど我慢してね」
舞香さんはアンプルーーセルシンと書かれた薬品を裕璃の肩に筋肉注射する。
「あぁあああぁああぁあああぁああ!!」
相変わらず裕璃は叫んだままだ。
「落ち着いたら異世界行きの説明をしましょ。このままじゃ話なんてまともに聞いてくれないでしょ?」
「それはそうだけど……まさかこんなに凶悪な実験だったなんて……」
いや、実物を見た僕からすると、たしかにこうなってもおかしくないレベルの実験だった。
ーーそれだけではないであろう?ーー
ユタカに言われなくても理解している。
彼女は異霊体との合体事故を起こして殺人を犯したのだ。
普段の裕璃ならこうはならないはず。でも、現状なっている。
ひとまず僕は、裕璃がおとなしくするのを近場で見ているしかできない。
なんて歯痒さだ。
「侵食率がstageFになってもこうはならないはずよ。むしろ大人しくなるでしょうね」
「そういう舞香さんは?」
「とっくに侵食率ステージFよ。というより、ここに属している異能力者は大抵ステージF、よくてもステージ4ね。バンバン異能力を使いに使っているからね」
沙鳥や朱音を見まわす。
二人とも頷き肯定する。
もしかして、だからこそ異能力を用いた犯罪に容赦がないのかもしれない。
ーー以前にも言ったが、異能力霊体のせいで本気で犯罪者になるとでも考えているのか? 見ろ、ここにいる異能力者は皆、悪どいことはやっていても、それはヤクザ未満だ。きみもそろそろ異霊体に肩入れしてもいいのではないか?ーー
とはいえ、とユタカはつづける。
ーー半分は異霊体になり、性格も融解する。完全に同一人物ではない豊花が存在することになる。私はきみともう少し共に行動してみたいからこそ、抗不安薬や抗精神病薬を強めてもらえと提言したんだ。ーー
裕璃を見守りながら考えてみる。
なら、異霊体と合体した場合、豊花やユタカはどうなるのだろう?
どちらも存在しなくなる。それは恐怖だ。けれども……ユタカに愛着が湧いてしまった僕は、もはや異能力者保護団体と愛のある我が家のどちらが正しいことを言っているのかわからなくなっていた。
「ああぁ……豊花……痛み……苦痛……」
ようやく裕璃の感情が鎮静してきた。
「裏で調達してきたアンプルはまだあるから、暴走したら使ってあげて」
と、舞香さんは数本セルシンのアンプルを投げて渡してきた。
「それでどうやって学校に……」
そこまで口にして思い返した。さっきも、作戦準備段階でも言っていたじゃないか。
裕璃はもう二度と、普通の生活には戻れないだろうと。
「さて、裕璃さんをひとまず寝室に寝かせておきましょう。あとは朱音さんたちは異世界に転移する時期を見計らってください」
異世界とは、どんなところなんだろう?
さまざまな疑問が頭に浮かぶが、今は言われたとおりにするしかないだろう。
僕と赤羽さんで裕璃を運び、301号室の空き部屋まで連れていくのであった。
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