Episode47╱-無の子-

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(??.)  澄は壊れた三崎大橋の前まで行き、飛びもせず海上に足を乗せた。  夏なのにやや冷たい潮風は、おそらく日差しがない時間帯だからだろう。だが、気温などまるで気にしないかのように、ゆきひとりを助け出すために、澄はひとり単身で島へと海上を駆け足で向かう。やがて水の上から飛翔し地に立つと、澄はそのまま迅速に建物前まで現れた。  入り口は既に破壊されており、内部への侵入はとても容易になっていた。 「さて、ゆきを返してもらおうかの?」  なにか向かってくるのを察したのか、ゆきを奪還しに来るのを想定したのか、新田は先ほどより大勢の部下ーー七名のライフルや拳銃を持つ者、そして異能力消しの異能力者を引き連れ、新田は入り口に待機していた。 「また君たちか。今度は実弾だ。狙撃も行わせてもらうからね? さすがにこのままでは教育部併設異能力者研究所の面目はまる潰れだ」  射殺許可が下され、内部から出てきたライフルや拳銃を持つ男たちに全身を撃たれる。 「ふむ、きみもあの緑髪の少女と同じかね? 厄介だね」  澄の素肌はまるで無傷。衣服が多少の傷で穴が空いただけで、銃弾などもまるで気にも止めない。  蚊に刺されたときよりも無表情で奥へと歩を進む。 「ゆきはどこにいるのかの?」 「教えるとでも思っているのかね? 清水くんはこのような子どもに手間取っていたのかね」  新田は思考し、異能力消しの異能力者に命じて澄を捉えさせる。間もなくして、遠方から狙撃銃が発砲される。  しかし、それすらも無意味。ライフルなどを合わせ硝煙の匂いが辺りに立ち込める。 「ふむ、教えてはくれないのじゃな? ならばよかろう。わし自身で探すとしようーー血界」澄がそう口に唱えると、辺りは周囲一辺赤赤に染まる。赤というより朱殷色に近い色と血の臭いが、回りどころか建物内にまで広がり及ぶ。「ふむ、第一研究試験室じゃな?」 「なんだね……きみは」  新田は清水刀子がしてくれた忠告以上の力を持っていると判断し、ついつい呟いてしまう。  澄は誰ひとり気にかけず教育部併設異能力者研究所の内部へ、いつもの足取りで静かに内部に潜入する。  誰ひとり殺してはいないのに、建物内は血の色で染まり、血液の臭いで充満していた。  澄はのんびりと歩み、第一研究実験室へ歩を進める。  血の臭いが施設中に漂ったせいか、職員は恐怖で澄を避けることしかできない。 「ま、お待ちください! それ以上動くと発砲しますよ!?」  異能力犯罪者死刑執行代理人のひとりーー真中が忠告するが、澄はまるで小虫にしか見えていないようにただただ歩く。  真中は仕方なく数発発砲する。  が……まるで羽虫が身体にかすったていどの反応すら示さない。本気で真中を存在しないかのように扱っているのだ。 「カード、ストップ」  教育部併設異能力者研究所の数少ない異能力者の協力者ーー眉墨幸子(まゆずみさちこ)は、ゆきを捕まえた類いと同じ異能力を使う。カードを一枚取り出し「ストップ」と口にすると、対象者は身動きできなくなる。なくなるはずなのだが、しかしすみの歩みは微塵も止まらない。  まるで、自身に歯向かうそれらを小さな虫かなにかと同じに、いや、もはやいないものかというかのように扱いつづける。  やがて、短時間でゆきの元までたどり着く。ゆきはまだ容器に入れられておらず、ベッドに拘束されていた。 「澄……」 「ゆき、捕まるなどお主らしくもないわい」  澄はゆきの拘束を手早く解き、ゆきを助け出すと、「血解」と唱えた。  寸刻、至るところを染めていた朱殷の色は姿を消した。  澄はゆきに手を出すと、ゆきはそれに掴まる。 「面倒だな。壁に穴を開けた方が良いじゃろ」  と、すみが壁に手のひらを軽く当てただけで、硬い外壁が崩壊し、パックリと大穴が空いた。  瞬間、背後から善河誠一郎が姿を現し、澄の首を掴み握りあげる。  が……澄はチラリと善河の方を見ると、苦しいはずの体勢で背後に足を揺らし、善河に片足をぶつける。それに当たった善河は激しい痛みに襲われ、その隙に澄は腹部に拳を入れた。  善河は十メートルは吹き飛び、殴られた衣服の辺りに血が染み出し暫し立てなくなってしまう。  澄は再び海の上に立つと、背後からスナイパーで狙われる。しかし、やはりまるで効果はない。  まるで無を攻撃するかのようなもの。  澄に攻撃しようとも無意味さしか残らないのだ。  真中は背後から追いかけてくる。澄は真中をチラリと横目で見る。 「これはせめてもの慰めじゃ。もしもゆきを撃ち抜いてみてみろ? お主らの施設も、都道府県それぞれにある異能力者保護団体も、皆殺しだ」  澄は恐ろしい言葉を口にした。  遅れて善河誠一郎と眉墨幸子が到着すると、再び眉墨幸子は「ストップ」と口にする。今度こそ澄は身動きできなくなる。  だが……。 「仕方がないやつじゃ。少しだけ、手加減するが本当の恐怖を教えてやろうーー血界」  澄が血界と唱えると、辺りを再び血に染まりはじめ乾いた血の臭いが充満する。  しかし、それでは終わらない。既に身動きができるようになった澄は、今度は「ーー血壊」と唱える。  すると、周囲の血がすべて、眉墨幸子と善河誠一郎の片腕に集まり、やがて膨張。そして破裂し霧散した。二人の左腕は粉々を越えた霧になってしまった。  再度、辺りは元の風景へと戻っていた。 「命が惜しくば手を出すな。次、無駄な行為をしたら施設職員全員を破裂させ、内装を朱殷一色に変えてやるぞ?」  善河誠一郎は苦痛を耐え唸るが、眉墨幸子や真中は明らかに怯えていた。  ハッタリではないことが、二人には容易に理解できたからだ。特に、あの血壊。真中は過去に一度目にしている。  前回は全身を血の霧に変えた。しかし、今回は片腕のみ。つまり、壊す対象は自由に決められるのだと……。  部位や全身という意味ではなく、人数までもが定められるのだと。  唯一五体満足な真中が一番それを一瞬で理解できた。理解、できてしまった。  善河は追いかけようとするが、澄はゆきを連れて水上に立つと、そのまま水上を歩き、二人は優雅に歩いて帰る。  たったひとりに、ただひとりの童女に、ゆきは取り返された。  今度は殺害許可が出ていたというのに、だれもかれも歯が立たなかった。  善河誠一郎の攻撃も、まるで通用しない。狙撃も銃撃も異能力者の異能力も異能力を無効にする異能力者も……すべて通じない。  傷ひとつ負わずに、澄とゆきは悠々自適に帰路に着いたのである。
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