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部屋にはふたり掛けのソファ。
ぼくらのカップを置くローテーブル。
高画質テレビの下にはとりどりの映画ディスク。
もちろんジブリも揃っている。
本棚には宮沢賢治に新美南吉、カール・ブッセでよかったかな、「海潮音」も入れてある。
香り高い百合の花、愛を思わせる赤いバラ。
どちらもぼくは置かないでいる。
きみは花粉症だったから。
きみの指さすまま、ぼくらは歩いた。
きみにとっての舞台の下を。
白い雲浮かぶ空にきみは物語を起こした。
留まらない雲の形に、雲間に映える鮮やかな空に、生き物を大陸を、きみはぼくに見せてみせた。
さんざめくような木々の葉擦れも、美しさを知る鳥の旋律も、きみの物語の彩りだった。
砂浜の波の音、遊歩道の虫の声、踏み割った薄氷にも、きみは想いを聴いていた。
ときにはぼくも演者と数えて、きみは愛を物語った。
きみの示す愛の形はときに花束だった。
きみは地に近く咲く花でも音を上げていたのに。
それでぼくは今になっても一輪あればきみを想う。
「さみしいのかい」ときみが言うたびに、ぼくはきみに触れたくなった。
「つがわないかい」ときみが言うごとに、ぼくはどぎまぎしたものだった。
ぼくには聞こえない愛を聴くきみに、ぼくはきみの隣とぼくに思い、ぼくの隣ときみに思った。
ぼくらは見えるものも聞こえるものも違っていた。
けれども、同じように空を見上げ、同じように調べをきいた。
きみの聴かせる物語がぼくらを隣り合わせた。
ぼくは二度ときみの物語を聴けない。
そう覚って以来、どうしようもなく泣き叫びたくなることがある。
あつい寒いうまいまずかった、きみの呟きも返事も捕らえられないぼくの鼓膜を裂きたくなることもある。
贅沢だと怒るきみに何度手を伸ばしただろう。
何度虚空を掻いただろう。
きみの好みに部屋を整えられるぼく。音沙汰を思わせる携帯電話。
ぼくらが隣り合っていた証のすべてがぼくを散り散りにさせる。
隣があまりにも空いているから、身を投じることさえできそうだ。
こんなにも荒ぶるぼくをぼくは想像したことがなかった。
きみはどうだろう。
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